『魔法使いの猫と千年の家』~にゃんすけのごはんと真幸の恋~

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 朝方まで雨が降っていたのに、お昼近い今ではすっかり晴れていた。空はうっすらと雲があるけれど、ほとんどが空色に染まっている。  吹き抜けの部屋はラウンジとサンルームを足して割ったような部屋になっている。外側の四分の一がサンルーム形式、残りがラウンジって感じ。  そのサンルーム部分であるガラス窓から、朝日が入って部屋全体を明るくしていた。  僕はサンルームの端っこにある出窓みたいなところで、大きなタオルにくるまって寝ていた。この家の至る所にお気に入りの場所がある。その時々の気分で、いろんなところに脚を運んでいるんだ。  この部屋はお客様が来た時に対応するための部屋でもあるから、いくつかのソファとテーブルがある。それと同時に、サンルームの方には軽くお茶が出来るように、テーブルと椅子が常備されてあるんだ。それらの間を縫うように進んで、僕はちらりと上を見た。  この部屋の上には、真幸の部屋に面した窓がある。真幸の部屋から見下ろせるようになっているんだ。  二階の部屋に、一階の部屋を見下ろす窓がある。  どうしてそんな変な部屋を作ったのかわからないけれど、やってきた客人を先に確認できるようにしたんだと思う。たぶん。  この家を知っている仲の良い客人だったら、真幸の部屋から見下ろせることを知っている人もいるんだろうけど、普通は上を見ようとはしないし、見上げて窓があることがわかっても、部屋とは思わず廊下か何かだと思って、視線は素通りしているに違いない。  僕が真幸の部屋の窓を見たのは、休みの日になると真幸がお昼まで起きてこないことがあるからだ。  今日の家の中はとても静かで、真幸がまだ夢の中にいるのかもしれない。  ちなみに僕の朝ごはんは、昨日、ごはんの機械にセットしてもらったから問題ない。  今朝はこうなるんじゃないかと思ったから、昨日、機械にセットしてくれるように言っておいたんだ。  僕は真幸よりオトナだから先のことを考えて行動できるんだ。  僕は毎日、なんとなくしている家のパトロールを始めた。  吹き抜けの部屋を出て、右に廊下を進むと真正面に玄関がある。玄関を向いて、左側には来客窓口、右側には車の運転手の控室と、二階に上がる階段になっている。  階段の前に一直線の廊下があって、右手に来客窓口と台所と広い家事室がある。そのさらに先にバスルームやトイレがある。その奥には納戸もある。  廊下の左手には食堂とリビング、書斎、物置代わりになっている部屋、そして二つ目の二階へ上がる階段と、庭へ出る扉。  しかもかなり変わっているけど、この廊下の真正面には外に出る扉があって、真幸の仕事部屋になっている温室に続いている。家と温室との間には屋根のついた渡り廊下があって、真幸はここを使って行き来をしている。  外に出るための扉が多いし、小さくはないけど大きくもない家の中で、左右に階段があるなんて変わっている。家の大きさを考えると不要なものなんだろうけど、効率は良いんじゃないかなって思っている。  僕が一階にある全部の部屋を見回っていたら、美味しそうな匂いがしてきた。  甘い匂いだ。匂いの元がどこから来ているのか、毎日のことだからすぐにわかる。パトロール中でも台所や家事室から音がしていたしね。  嬉しくなって、台所の入り口に走って戻った。 「工藤、何を作っているの?」  台所は基本的に入っちゃいけない。特に作っているときは絶対に。だから台所の入り口で止まって尋ねた。 「ドーナツだよ。かぼちゃのペーストが入っているヤツ」  工藤は揚げたてのドーナツをひとつ、箸でつまんで見せてくれた。明るい茶色をしたドーナツだ。 「朝ごはんなの?」  まだ真幸の姿が見えない。まだお昼にはなっていないけど、朝っていうには遅くなりつつあると思う。 「今日は休みだし。いつもならお菓子として食べるけど、スープや野菜と一緒に食べてもいいかもと思ってね。他の国ではマドレーヌとかもごはん代わりにするから」  工藤が話しをしながら幾つものドーナツを揚げていく。そんなに大きくはない。真幸が一口か、二口で食べてしまうような大きさだ。僕だと四口か五口くらいかな。 「僕は朝ごはん食べちゃったけど、二つくらい欲しいなぁ」  貰えないということはないと思っているけど、一応アピールしておいた。そんな僕に工藤は一瞬だけ視線をちらりと向けて笑った。 「大丈夫だよ。にゃんすけの分も入っているし、真幸が全部食べちゃわないように、きちんと確保しておくからね」  確約を取って、僕はにんまりとする。  この間の甘夏のケーキはあまり食べられなかったんだ。あの後、近くの知り合いが来て、お土産にと工藤が分けてあげちゃったから。  真幸は知り合いが来る前に、たくさん食べていた。胃の大きさがこんなところで仇になるなんてと哀しくなったけど、まぁいいや。次の楽しみにできるからね。  確約に安心して、僕は台所から離れて、食堂の方へ向かう。いつものソファでゴロゴロするか、それとも家のパトロールではなくて、庭のパトロールにするか。ちょっと悩んだけど、家の中でゴロゴロすることにした。雨が降っていたから水たまりがたくさん出来ているに違いない。家の中のソファに寝転んで、窓の外を眺めるのも良いものだからね。  ドーナツの甘い匂いを大きく肺に入れる。食べるのを楽しみにしながら、雨で濡れたけど、太陽の光で元気になっている緑を眺めてニマニマした。 ―――――――――――――――――――――――――――  目を開けると、真幸の頭が近くにあった。  一瞬、ここがどこだかわからない。さっきまでドーナツの甘い香りがしていたのに、今は真幸のシャンプーの匂いしかしない。  僕はしばらくの間、ぼんやりと真幸の頭をじっと見ていた。つむじが時計まわりになっている。ぐるぐると回っているけど、どこの時間を指しているんだろう。  そんなことを考えて、つむじをちょいっと触ってみた。  僕の手はとても小さい手をしていた。  そこでようやく、僕がちびっこの僕に戻ってしまったことを理解した。  ドーナツは夢の中だったんだ。また食べ損ねてしまった。絶望だ。 「………かぼちゃドーナツ…」  真幸が呟いている。 「……うま……」  食べている。  あまりのショックで僕は動けなくなってしまった。  僕が夢の中にいたときは、真幸はまだ起きてきていなかったクセに、今は起きてきて、しっかり工藤のかぼちゃドーナツを食べているらしい。  あんまり腹が立つなら、肉球パンチで起こせば良いんだろうけど、また食べられなかっただけでなく、また真幸だけは食べているというショックから、僕の思考は止まってしまって茫然と真幸の頭を見てしまった。  少しすると、真幸がもぞもぞと動いた。 「にゃんすけ、おはよう」  僕を見て嬉しそうに笑った。そして本当に嬉しそうに僕に言う。 「かぼちゃドーナツ、美味しかったな」  僕は食べてないよっ!  あんまり腹が立った僕は、ようやくここで真幸の顔面に肉球パンチを入れておいた。  次こそは絶対に食べてやるんだ。工藤のごはんを!
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