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ふわり、と何かが前髪を掠めた気配がした。同時に、辺りから華やいだ声音が一気に鼓膜を揺すり始める。
「ん~……」
どうやら、うたた寝をしてしまっていたらしい。軽く伸びをすると、そのまま腹筋を使ってぐっと起き上がる。
「よっ……と」
すると起き上がった拍子に、再び前髪から何かが、今度ははらりと落ちた。
その正体は――なんてことはない、薄桃の花弁。春の風物詩の欠片。
「桜、綺麗ね~」
頭上からのんびりとした声音が降り、顔を上げる。直後、腹の虫が盛大に鳴った。
いつ何処にいても、全く空気を読まないそれに思わず顔をしかめる。
しかし、時折舞う桜を仰ぎ見ていた彼女は、「あらあら」と頬を緩めて、慈愛に溢れた眼差しでこちらを見下ろした。
「むぎは“花より団子”ね」
――『花より男子』?
しかし素直過ぎるが故に、別の意味で解釈したまま小首を傾げる。
――あたしが、つくしちゃんってこと?
大好きな少女漫画に出てくる、三編みのヒロインを思い浮かべる。
――でも悪い気はしないな。ボンボン道明寺に啖呵切ったところは、めちゃくちゃカッコ良かったし。
続いてその名シーンも思い出し、ふふっと笑みを溢すと、その心地よい気分のままにお弁当の卵焼きをぱくりとひと口頬張った。
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