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その言葉を聞いて知夏は、
「確かに。いつも頭の中、のほほん日和のむぎが悪夢見るなんて、考えられないワ」
と、呆れ気味に瞳を細め、肩を軽く竦めた。
「酷いな~」
親友の予想通りの塩反応に、けらけらと笑いながら朗らかに軽口を叩くむぎ。
しかしその脳裏には、先ほど見た夢が鮮明に映し出されていた。勿論、悪夢ではない。
――むしろ、幸せ過ぎて泣いちゃいそうだった……
そっと静かに瞳を伏せる。
それは小学校の低学年だった頃、母と共に満開の桜を見に行った、最初で最後のピクニックの光景。
まだ幼い、ようやく辿々しくかけ算の九九を呟けるようになった年頃で、当時の記憶は曖昧なのに、その日のことは今でも鮮明に覚えている。
それもそのはず、何故ならその日の翌日に母は亡くなったのだ。
膵臓癌だった。見つかったときにはステージⅣ――末期で、もう手の施しようがなかったそうだ。
それ故だったのだろう。――初めから抗癌剤の治療は受けず、自宅で余生を過ごすことを選んだのは。
あの日、母は父が心配そうに見守る中、覚束ない仕草で、1からむぎに料理を教えてくれた。
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