わたしの後ろ

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「今……どこにいるの?」  黒電話を握る手に力が入る。私は耳を受話口に押しつけて聞き逃さないように神経を集中させた。 「お前の後ろ」  反射的に身体が後ろを振り向こうとする。  しかし、その瞬間、私の頭を衝撃が襲った。驚きのあまり声も出ないが、心臓がバクバクとうるさく走り出し、声の代わりに異常を訴えかけている。どうやら後ろから何かで頭を鷲掴みにされているようだ。それはものすごい力で、頭を動かすことができない。 「お前の後ろにいる」  違和感。  その違和感が何なのか、心臓がうるさく頭の中にも響いているせいか、考えられない。頭をガッチリと何かに固定されたまま、私は目を白黒させるしかない。 「どうしてここへ来た」  受話器に添えた両手が震えている。答えなくては、と私の唇も震えるが、息が漏れるだけで言葉にならない。 「は……は……はっ……」  自分のごくりと生唾を飲み込む音が、耳の奥で妙にはっきりと聞こえた。  そうか。違和感の正体。  後ろにいる、と言っているのに声は後ろから聞こえてこない。声は、受話器を通して私の耳に届いているのだ。 「うそ……どこに……いるのっ」  口の中がカラカラで、話しづらい。 「だから、後ろ」  と、受話器を通した、ややノイズ混じりの声が聞こえた。少し呆れたような響きが含まれているような気がする。 「受話器を置いたら、そのまま後ろを見ないで家まで帰れ」 「……どうして?」 「何も知らない方がいい」 「後ろを向くとどうなるの?」 「お前は後ろは向かない」  断言するように声の主は言う。 「向かないんだ」  わかったな、と言うと、ブツっという音とともに電話は切れた。ツー、ツー、という音が繰り返し流れている。私はそっと受話器を戻した。受話器を置くと、チンという音がした。  私が受話器を置いてしばらくすると、頭を固定していた何かがそっと外れた。圧迫感から解放され、安堵からか汗がドッと出る。腰が抜けてその場にへたり込んでしまった。  後ろに何かいる。そしてそれを見てはいけない。  だけど——  やっと見つけた彼がそこにいるのかもしれない。彼は行方不明になってもう一年になろうとしていた。捜索願を出し、ネットを使って彼の情報を集め、彼らしき人物を見かけたと聞けばすぐに足を運んだ。しかし、彼のもとには辿り着けなかった。  今回も確度の高い情報とは言えなかったけれど、彼がいる可能性がないわけではないので、こうしてやって来た。人里離れた廃墟の一室には黒電話が置かれており、私が部屋に入ってしばらくしたところで鳴り始めた。  電話からは、懐かしくて愛おしい、彼の声が聞こえて来た。もうそれだけで胸がいっぱいだった。  だけど、彼はこのまま帰れと言う。  彼と一年ぶりに会えるチャンスかもしれないというのに。  私は彼の名をつぶやいてみた。愛おしいと思う気持ちが身体の底から溢れてくる。  意を決して、私は後ろを振り向いた。  
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