不思議なショートストーリー

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不思議なショートストーリー

全編英語で書かれた物語は、なんとなく分かるような気がするが、完全には理解が出来なかった。しかし読み終わった後に、吉井は少し驚いた。まず、主人公らしき人物の名前が"Hiroto"であったこと。そして、ストーリーが並行世界にあるHoumu Universityという所で、主人公がYuという男の子とMisakiという女の子に出会い、交流をするというものだったのだ。もしかしたら、名前が偶然被っただけかもしれないし、吉井が通っている法務(ほうむ)大学がたまたま舞台設定として使われただけかもしれない。しかし、万が一堀田と九段の大学が法務大学であったら、どう反応すればいいのだろうか?まるで行方が分からない九段が、自分と堀田に出会って仲良くしているかのような錯覚に陥り、吉井はこのストーリーをちゃんと知りたいと思うようになってきた。 町田が帰ってきたタイミングで、吉井は堀田のことを呼んだ。そして、この物語についてどう思うかを尋ねた。彼女はざっとそれを読んで、やはり驚いた顔をしていた。 「優の名前も、私の名前も出ていて、舞台が法務大学……。私が通っている所よ。構内の描写もしっかりとしているから、間違いなくあそこがモデルになってる」 「美咲も法務大学だったんだ。実は僕もそこで……」 「えっ本当!?」 「これって、もし九段さんが法務大学出身だったら、ただのフィクションではないよね?」 「うん。もしそうだったら、この物語は九段さんが書いたってことになる。彼を見つける手立てになるかもよ。次箕島さんがここに来た時に、確認してみようよ」 「分かった。そうしよう」 2人は作品を持って町田にこの事を伝え、コピーを取ってもらった。町田は、宏人の作品が見つかってよかったと安堵していた。コピーを手に入れた彼らは、まずは翻訳してちゃんと物語を理解するところから始めることになった。吉井はてっきり堀田が日本語にするのかと思っていたが、彼女は同級生に頼みたいと言った。そしてスマホを取り出して電話を掛けた。 その週の土曜日に、2人はrecollectionに居た。そこでコピーをテーブルに置いて座っていると、チリンとドアのベルが鳴る音がした。その方向に目を向けると、男女が手を振っていた。 「美咲ーひさしぶりー! 元気にしてたの?」 「京子ー会いたかったよー!」 堀田は女性に抱き着いた。吉井があっけにとられていると、隣にいた男性がこちら側に向かって会釈をした。彼は、どうもと返した。 「あらためて紹介するね。同級生兼友人の富士見京子(ふじみきょうこ)さんと、外濠守(そとぼりまもる)さんです!」 「はじめまして、国際教養学部2年の富士見です!吉井君の事は美咲から聞いているよ!」 富士見は笑顔で手を差し伸べてきた。握手をしようとしてくれているのだろう。吉井は軽く自己紹介を済ませて、彼女の手を握った。ほんの数分の間に、彼女の纏っている雰囲気を吉井は感じ取った。海外の洗練された空気感と、フレンドリーな態度。まるで日本語を解する外国人と関わっているみたいだ。 「はじめまして、文学部2年の外濠です。美咲さんとは共通の科目を取った時に知り合いました。今日は京子さんと課題をする予定がありまして、終わったのでついてきたって感じです」 外濠はそう言ってお辞儀をした。吉井も同じ行動をとったが、再び彼の顔を見た時、富士見とは対照的にとても日本的な雰囲気を感じ取った。彼は対照的な2人と仲がいいことに、面白さを見出した。 「いやあ、よくいらっしゃいました。是非くつろいでくださいね」 海藤はそう言うと、メニュー表を取り出して富士見と外濠に渡した。2人は、ありがとうございますと言って、表に目を通した。たくさんあるねーと話しているのを聞きながら、海藤は2人はいつものやつか?と問いかけた。はいと返事すると、海藤は頷いて残りのオーダーをとった。10数分後、次々と頼んでいたものがやって来た。吉井はレモンケーキとアイスコーヒーのセット、堀田はショートケーキとダージリンティーのセット、富士見はブラウニーとアメリカンコーヒーのセット、外濠はチーズケーキとアップルティーのセットだった。 「いただきます」 同じタイミングで4人が手を合わせた。そして、しばらくは各々ケーキの味を楽しんでいた。吉井は他の3人の表情を見ながら、よく海藤はこんなにバラエティーに富んだケーキを作れるものだと驚いた。歳をとっても現役で仕事を続けられているのは素晴らしい。自分もお爺さんになったらあのような人になりたいと考えた。 皆が食べ終えて、海藤が皿を片し終わった後、富士見は何を翻訳してほしいんだっけと問いかけた。堀田はそうそうと言い、一度しまった作品のコピーを渡した。富士見はそれを手に取ると、外濠が隣から覗き始めた。 「Campus Maze?」 彼女はきれいな発音でタイトルを読んだ。 「そう、Campus Maze」 堀田は富士見の真似をして、作品の解説をした。富士見は幼いころからロサンゼルスに住んでいた帰国子女なので、国内で英語を勉強していた自分よりも正確な訳し方が出来るのではないかと思い頼んだことを明かすと、彼女は快くOKした。外濠は興味を示し、和訳が終わったらそれをもとに聖地巡礼的な事をやらないかと3人に提案した。 「いいじゃん守! やろうよー!」 「賛成! 優もついていくよね?」 富士見と堀田は大盛り上がりしていた。吉井はもちろんと笑顔で返し、翻訳とツアーをよろしくお願いしますと改めて言った。男女コンビは、任せなさいと胸を張った。 彼らは、吉井と連絡先を交換した後、翻訳が終わったらまた来るねと店を出て行った。彼は、同い年で同じ大学に通う知り合いが出来たと喜んだ。堀田は、後は箕島さんを待つだけだねと吉井を見た。彼はすぐに頷いた。 そこから数日たったある日、箕島が慌てた様子で資料館に入って来た。そして吉井を見るやいなや彼に向かって、ついさっき九段が目の前にいたんだと慌てていた。初対面の時の、あの穏やかさが一切なくなったの見て、吉井は本当に見たのだろうと確信した。2人は急いで堀田を呼び、3人で集まって話をすることにした。 「それで、箕島さんは九段さんを見たと」 堀田は箕島に問いかけた。 「はい。ついさっき見たんです。recollectionにケーキを食べに行ったら、海藤さんから幼稚園の先生たちにシュークリームを差し入れしたいから持って行ってくれないかと頼まれまして」 彼は冷静な口調を取り戻して、話し続ける。 「時間もあるし、町田さんに挨拶できるから持っていこうと思ったんです。そして、幼稚園の近くまで来たとき、公園のベンチで九段が座っているのを見まして」 あの姿は間違いなく彼だったと力説する。実際、幼稚園から公園まではそこまで離れていないので、目視でベンチに座っている人や遊具で遊んでいる子供たちの顔は確認できた。6年以上の付き合いがある人間の顔を、そう簡単には間違えはしないだろう。 「しかし、頼まれたものを届けるのか先だと思い、幼稚園に入って行ってしまったんです。町田さんとは会話できましたが、次にベンチを見た時にはすでにいませんでした」 とても残念そうな顔をしていた。もし悩み事があるのだったら、相談に乗ることが出来たはずなのに、そのチャンスを逃してしまったとため息をついた。吉井は、また会えるかもしれませんよと励ました。 「半年以上行方をくらました人がやっと姿を現してくれたんです。きっと元の生活に戻る決心がついたのかもしれない。焦らずに待てば、またこの街に来てくれるはずです」 「そうですよ」 堀田は彼に追随した。そして、本棚に入っていたクリアファイルを取り出して、そこから例の紙を見せた。 「九段さんって、法務大学の学生さんでしたか?」 「え……?あ、はい」 箕島は質問の意図を掴めぬままそう答えた。2人は、やっぱりと顔を合わせた。 「このショートストーリー、もしかしたら九段さんが書いたものかもしれないんです」 「えぇ!?」 彼は大きな声を出した。直後、他の客の迷惑になってしまうと思ったのが、しまったという表情で口を抑えた。 「以前、大学生だった時に英語で物語を書いていたって言ってましたよね?あの後、これがここで見つかったんです。最初は何かの説明書かと思ったのですが、主人公がHirotoという名前で、Houmu Universityが舞台になっていなので、もしかしたらこれが彼の作品なのではないかと」 吉井は丁寧に説明を続ける。 「それだけではなく、この物語にYuとMisakiが登場人物として出ているんです。僕たちは九段さんの事を直接は知りませんが、とても不思議な気持ちになりまして。もちろん、たまたま名前が被っただけかもしれませんし、漢字が違う可能性もありますが、同じ法務大学の後輩としては、この物語が気になってしょうがない。もし九段さんが筆者なら、これについて話を伺いたいのです」 彼は人差し指を紙の上に置いて、トントンとした。 「なるほど。これについて調べていけば、彼と再び話をすることが出来るかもしれない」 箕島は作品を手に取って、ページをめくっていった。 「今は、私の友達が日本語に翻訳している所です。もちろん、箕島さんも英語が理解出来るので、よろしければコピーを渡しますけど」 「お願いします。あと、翻訳されている方の連絡先も教えてもらってもいいですか?」 箕島はまず吉井と堀田の連絡先をもらった後、富士見の連絡先もゲットした。直後、吉井の勧めで外濠の連絡先ももらい、彼らには堀田から事情をSNSで伝えることにした。箕島は、舞台となった現場を見に行くときは、是非教えてくれと頼んだ。他大学出身なので、建物の構造が分からないからグループで行けたほうが助かるという事だった。2人はもちろんですと返し、家へと戻る箕島を見送った。 翻訳が出来上がるのは案外早かった。4人でrecollectionに集った時から、ちょうど3日後だったのだ。また同じところで待ち合わせをすることになり、吉井と堀田は先に店に入ることにした。 「翻訳されたものはすでにメールでもらってる。箕島さんにも転送しておいたわ」 「ありがとう、おそらく箕島さんもこっちに来ると思う」 彼がそういう言うと、直後にドアのベルが鳴った。いらっしゃいという海藤の声が聞こえた。ドアのほうに顔を向けると、箕島の両肩隣りから富士見と外濠がひょっこり顔を出してきた。 「久しぶり」 「やっほー!」 どうやら3人はあの後連絡を取り合って仲良くなったようだ。まるで、双子の兄妹がお兄ちゃんに懐いているかのような光景だった。海藤は若いのがたくさんいるのは良いことだと、ニコニコ顔でケーキセットを運んできた。 「すごいですね、全員分のセットをちゃんと覚えているんだ」 外濠はとても感心していた。 「1人1人に気持ちを込めて作っているからね。この小さい街の小さな洋菓子屋に来てくれてるんだ。ちゃんと覚えておきたいじゃないか」 ハハハと大きな声で笑って、そのまま定位置に座って雑誌を読み始めた。 「美咲ーありがとねここを紹介してくれて。普通に探してたら多分見つからなかったよー」 富士見がブラウニーを食べながら感謝する。 「まあ、確かにね。ウェブサイトは無いし、電話番号も積極的に出してないしね。もしかしたら街の人しか知らないんじゃないかな?」 吉井がストローに口をつけてアイスコーヒーを飲む。 「もともと緑の街以外のたちに立ち寄ってもらえれば良いと思って、この店を作ったんだよ。1人で切り盛りしているし、街の外まで行動範囲を広げたらやっていけなくなると思ってね。だから、インターネット上でも宣伝はしていないんだ。もちろん、君たちのような、住人のお友達が来るのは大歓迎だけどね」 海藤はブラックコーヒーをコップへ注いだ。随分と年季の入ったコップだった。 「よし、じゃあ本題に入ろうか。翻訳した作品はみんなにメールで送ったよ。そっちの方が持ち運びやすいからね。タイトルと名前はカタカナ表記にした」 富士見が言い終わると、みんなは一斉にメールを確認して、添付ファイルを開いた。吉井は1ページ目を読んで、丁寧に翻訳されていると感じた。彼は英語を完全に理解できるわけではないが、文章が機械的では無く、まるで最初から日本語で書かれていたかのように自然に読めたからである。みんながストーリーに集中している中、吉井もまた次から次へとページをめくっていった。
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