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峻嶺のネズミ
「お前、今どこに居るんだよ?」神戸正春はそう言い、携帯電話を強く耳に押し当てた。髪を靡かせる風の音に、負けないように声を張り上げる。「あのメールは何なんだ?」
朝の九時、噴水公園の周りには鳩が集まり、犬を散歩させている夫婦や、子供を遊ばせているママ達のベビーカーで賑わっていた。七月の始まり、空は気の抜けたラムネのような青さだった。
「メール、見てくれたのか?」と電話の向こうの高田聡は言った。
「どういう意味なんだよ。“お前と話すのは、これで最後になるかもしれない”って」と神戸は言った。「お前、いま日本に居ないよな?また変な事をするつもりなんだろ」
「どうだろうな」高田は、はぐらかすようにそう言った。「今はアメリカに居るよ。ワイオミング州の、ある場所に来てるんだ」
「ある場所ってどこだよ?」
「お前の方は?」
「外に出てる。公園のガキ共を眺めながらボンヤリしてたところだ」神戸は言い、疲れたように柵に凭れかかった。「頼むから、変なメールを送って来るなよ」
「お前、最近落ち込んでただろ?ペットに逃げられ、彼女にもフラれ、事故ったりしてさ」と高田は言った。「だから、励ましてやろうと思って。ちょっと、ビデオ通話にしてくれるか?」
神戸は通話をビデオに切り替えた。画面に映ったのは陽に焼けて、顔が髭だらけになった高田の姿だった。後方に映っていたのは駐車場と、そこから伸びる広大な松林だった。
「こっちは午後の四時だ。時差は十六時間ぐらいか?」高田は言い、携帯を持ち替えた。「これから山に登るんだ。お前とビデオ通話をしながらな。お前に、見せたい物があって」
高田はそう言いながら、画角をアウトカメラに切り替えた。眩しい光の中に現れたのは、地面から隆起した巨大な岩石の山だった。柵状になった岩肌、先端に行くにつれて細くなっていき、まるで大樹を真っ直ぐに切ったような姿をしていた。緑の平原に現れた巨大な切り株、神戸は呆気に取られて声も出なかった。
「デビルズ・タワーだ。今からここをロープ無しで登って行く」と高田は言った。「失敗したら、お前と話すのはこれが最後になるな」
高田はそう言い、白い歯を見せて笑った。
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