峻嶺のネズミ

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 「馬鹿な真似は止めろ」と神戸は言った。「何考えてんだよ」 「俺はプロのクライマーだぜ?舐めて貰っちゃ困る」高田はそう言いながら、駐車場から移動し始めた。「ヨセミテの岩石も登ったし、カリフォルニアのベアース・リーチも、パタゴニアのフィッツロイ山もフリーで登ってきた。デビルズ・タワーは386mの高さしかない。素人だって、八時間あれば登れるんだぜ?」 「それは、ロープがあっての事だろ?」 「だから大丈夫だって。俺だって馬鹿じゃない。勝算が無ければ挑戦しないって」高田は言い、カメラを切り替えて顔を見せた。「それに、昔からの約束だったろ?お互いのチャレンジには口を出さない。それがどんなに危険な事であっても」  それを言われ、神戸は何も言い返せなくなった。高さ数十メートルのランプからのライディング、急勾配の階段の駆けおり、足を骨折した直後の大会出場も、他の人が止めるなか、高田は何も言わずに神戸の挑戦を見守ってくれた。信じてくれたおかげで、ランプからのライディングを成功させ、全国大会でも優勝ができた。何も言わないという事、それは応援より強い後押しになった。 「分かったよ」神戸は息を吐く。「でも、危険だと思ったらすぐに引き返せよ。お前の死に水なんて取りたくねえから」 「危ないと思ったら止める。約束する」高田はそう言って、指をクロスさせた。「とにかく、今からデビルズ・タワーの取り付き点まで移動していくから」  高田はアウトカメラに切り替え、中継するように近辺の風景を映していった。松林の奥に続く小道、辺りには観光客も多く、普段着の家族連れや、杖を突いた老夫婦の姿も見えた。ここはクライマーの聖地でもあるが、気軽にトレイルできる観光名所でもあるようだった。 「デビルズ・タワーって不思議な形をしてるだろ?」高田は言い、カメラを切り株のような岩山に向けた。「五千万年前に火山活動が起こって、地上付近まで地下マグマが噴出した。それが冷やされ固まって、一千万年っていう永い時間を掛けて周りの柔らかい大地が削れていった。で、残ったのがこのマグマの塊だった。凄いのはさ、山が隆起したって訳じゃなく、周りが削れて地面が低くなったって事だよな」  細長い柱状の岩石が、何本も集まって形成されたような岩の山。高田の言う通り、大昔にはあの山頂まで大地があったのだと思うと、何だか不思議な気分になった。
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