峻嶺のネズミ

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「確かに、凄い景色だよな」と神戸は言った。「登ってみたい気持ちも分かるよ」 「だよな」高田はそう言って、ウインクをした。「ここは、元々アメリカ先住民の熊信仰の聖地で、六月は儀式の為に登れなくなるんだ。彼等の神話では、この山の亀裂はその熊が付けたものだって言われてる。だから、先住民はここを“ベアーズ・ロッジ”、熊の宿って呼んでるんだ。でも、それをアホなアメリカ人が“悪神のタワー”って誤訳した。先住民にとっては迷惑な話だよな」 「熊と悪神じゃ大違いだからな」神戸はそう言い、気になっていた事を聞いてみた。「それで、頂上ってどうなってんだ?平たくなってんのか?それとも穴が空いてんのか?」 「お前、“未知との遭遇”って映画、見た事あるか?」高田は言い、カメラを自分に向けた。「その映画で、山頂がUFOの着陸場所として描かれてるんだ。映画を見てなかったら、頂上は見てからのお楽しみだな」 「そうかよ。クリフハンガーしやがって」神戸はそう言って、これ見よがしに肩を竦めた。  高田とは小学生からの仲だった。お互い一人っ子で、家族運に恵まれなかったという共通点があった。神戸の父は外の事ばかりに目を向け、母は自分の事だけを見つめるのに忙しかった。高田の家庭環境も同じようなものだった。  昔から高田は落ち着きのない子供だった。高い木によじ登ったり、遊具で怪我をしたり、屋上から飛び降りて骨折したりと、生傷の絶えないような子供だった。高田の落ち着きの無さは年月を追う毎に加速し、険しい山を踏破し、冬の氷瀑、しまいには十階建てのマンションをロープ無しで登りるまでに増長した。高田は十五歳で、一生の仕事となる天職を見つけていた。  高田は高校には進学せずに、アルバイトをしながら自費でクライミングの訓練をし、資金が溜まったら海外に遠征、そうした日々を続けながら着実に実力をつけていった。そして十九歳の時に出場した日本選手権で優勝を果たした。その後も、海外で行われる世界大会で入賞を重ね、各地の名だたる山々を制覇していった。二十五歳、将来を嘱望された天才クライマーだった。 「今度、お前も何かに挑戦する時には連絡してくれよ」と高田はそう言った。緩やかな登り坂、灰色の岩肌が迫るように近づいてくる。「俺も一緒に戦ってる気分になれるからさ」  高田が世界一のクライマーになるという夢を持ったのと同時期に、神戸もまた大きな夢を持った。それは世界一のスケートボーダーになるという夢だった。
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