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1.承認欲求オバケ
──「いおりん 劣化」「いおりん 整形」「いおりん 性格悪い」「三笠伊織 今何してる」「三笠伊織 消えた」
明かりを消した深夜のワンルームで、眠れずに自分の名前や愛称で検索したときのサジェストを眺めながら、伊織はボスッとスマホを投げた。
布団が薄すぎたせいかそれは衝撃を吸収せず、跳ね返って畳の上に転がり、伊織は慌てて電気を点けてそれを手に取り、傷がないことを確認すると、謝罪するようにスマホを撫で回した。
「劣化じゃなくて成長だし。整形もしたいけどそんな金ねえからしてねーし。消えてもないし……今度ドラマ出るっつーの! ……ちょい役だけど」
はあああ、と深い溜息を吐いた。
三笠伊織。25歳。
趣味はエゴサーチの売れないタレント。世間からはすっかり忘れ去られ、もはやバイトが本職となりつつある。
かつて伊織は、国民的人気子役だった。
〝あんたは容姿しか取り柄がないんだから、それで稼ぎなさいよ。他に役にも立たないんだし〟
そう言われて子役タレントとして半ば無理やり入れられた芸能界。
元々は人見知りな子供だったから、最初こそ泣きべそをかいていたが、一歩足を踏み入れてみれば、まるでそこは別世界のようにキラキラと輝いていた。
それまで家では母や、母の交際相手に鬱陶しがられ、殴られたあげくにベランダに追い出されていたが、芸能界に入ってからは毎日綺麗な服を着せられ大人達に傅かれ、大事に大事に高級車で送迎された。
華奢で少女のように可憐な容姿。舌足らずな高い声。
子供とは思えない気配りと、しっかりした受け答え。「いおりん」という愛称で、老若男女問わず愛されていた。
『いおりん見ると元気になる!』
『可愛い~~こんな子供欲しい!』
『いおりんみたく可愛くなりたい』
そう言われ、チヤホヤされ続け、映画にドラマにバラエティにと引っ張りだこだった。伊織は学校にもろくに通わずに毎日仕事に明け暮れていた。
朝早くから現場に入るため、迷惑をかけないように深夜から明け方まで必死に台本を覚えた。
長台詞もなんなく覚えると、周りがあっと驚くのが嬉しかった。何よりも、母も母の交際相手も伊織が芸能界で活躍するようになってからとても優しくなり、風邪を引いたら困るとベランダに出されることはなくなったし、特に顔を殴られることはなくなってすごく大事にしてくれるようになった。
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