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リビングのドアの前で人影が揺れている。その足は、床についていない。
5センチほど浮いて、ギシギシと揺れている。
首吊り死体だ。20代後半か、30代前半と見られる痩せた男性の死体が、静かに揺れていた。
首は異様に伸び、舌はだらりと垂れ、濁った眼は虚ろに床を見つめている。
彼が揺れる度に、かかとがドアにぶつかり、ドン……、ドン……と音を立てる。
「うああああああああああああああああ」
思わず絶叫した。いつもなら非日常に遭遇すると真っ先にドッキリを疑うのに、叫ばずには居られなかった。
死体はみるみると腐敗していき、吊っていたロープがちぎれて落ちた。ドサッではなく、グチャッという水っぽい音だった。
声も出せないまま硬直している伊織の前で、死体はゆっくりと顔を上げた。
「ひっ……」
ゆっくりと、紫色の爪をした手を動かして、こちらに這ってくる。伸びた首を床に引きずっていた。
それは人の死体というよりは異形の何かのようだった。
「ア……ア……イ……リ…………、……ロ」
ソレは不気味な呻き声を上げながらこちらに這ってきた。
いつもどんなアクシデントが起きようと、どんなドッキリを仕掛けられても、自分が作り上げてきた三笠伊織というキャラクターを捨てずにいたが、その時ばかりはもうそんな物を取り繕えなかった。
腰が抜けて動けないが捕まったら殺される気がして絶叫を上げながら必死にベランダへと這った。
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