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ガラス戸を締めるが、ソレはまだこちらに近寄ってくる。
バンッ! バンッ! と、何度もガラス戸た叩かれて、
呆然とそれを眺めながら、こんな時だというのに、ふと子供の頃の事を思い出した。
芸能界に入る前、よくこうやって、ベランダの外から、ガラス戸を何度も叩き、泣きわめいていた。
ごめんなさい、もうしませんから中に入れてください、と。
『うるさいガキだな。父親のとこに押し付けてこいよ』
『連絡先なんて知らないわよ』
『なんで堕ろさなかったんだ』
『そんなお金なかったし。……でも堕ろさなくてよかったかもよ。あの子、子役オーディションに受かったのよ。お金になるかも』
そんな会話が、耳に入らないように何度もガラス戸を叩いて大きな音を出していた。
その時、カチャリと鍵の外れる音がしてガラス戸がスーッと開いて我に返った。
どす黒い手がこちらに伸ばされる。
伊織の部屋は角部屋で、隣はあの学生しかいないが、彼は放送時間は用事があると言っていたし出かけているだろう。
恐怖のあまり、ベランダから飛び降りようと手すりから身を乗り出した時、不意に物凄い音がした。
「ここ七階ですよ。落ちたら死にます」
出かけているはずの隣人、狗飼が呆れたような顔をして、立っていた。見てみると、ベランダの隣の部屋との仕切り板が蹴破られている。
火事などの非常時に壊せるような造りになっていることを今更思い出した。
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