2.事故物件・前編

9/34

625人が本棚に入れています
本棚に追加
/95ページ
狗飼は腰を抜かしたままの伊織の両脇に腕を入れて引っ張り上げて抱え上げると、そのまま隣の部屋のベランダに連れていき、室内に入れた。 彼が後ろ手にぴしゃりと戸を閉めると、あの異様な瘴気は一切なくなり、辺りは静寂に包まれた。 「け、ケーサツ! いや、お坊さん! お坊さん呼ばないと!」 「アレには読経なんて効かないですよ。しばらくこの部屋で大人しくしててください。そうすればアレも大人しくなります」 「な、なんなんだよぉ……あれ」 情けない声を出して額を押さえた伊織をソファの上に座らせると、狗飼はこともなげに言った。 「ただの霊です。今まで時々人前に姿を現すぐらいで無害だったんですけどね。今日はやけに騒いでますけど」 「人前に出てくる時点で無害じゃねーだろーがァ!!」 思わずキレながら突っ込んだ後、しまったと思いながら口を押えた。狗飼はしばらく呆気に取られた顔をしていたがやがてニヤリと笑った。 「やっぱ随分作ってるんだなー、キャラ。まあ、当たり前か」 「………SNSとかでバラしたらぶん殴る」 ギロリと睨みつけながら言うと、狗飼は眉根を寄せて「そんなことして、俺にメリットあります?」と笑った。 「あの霊は視た限り今のところはそこまで危険な霊ではないんですよね。ただ、三笠さんのことはやたらと部屋から追い出したがってるみたいだ。テレビに怒ってるのかもしれませんが」 狗飼は二人分のコーヒーを淹れながら話を続けた。 まるで霊能力者のような口ぶりに、伊織は眉を顰めた。部屋はいかにも意識の高い若者の部屋と言った洒落たモダンな部屋だが、よくよく見てみると、パソコンの横にずらりと『廃トンネル心霊現象検証』だの『全国心霊物件ファイル』だの怪しい本が並んでいる。 「な、なにお前。視える人? オカルトオタク??」 「どっちもです。まーよくある話ですが、子供の時に事故で生死を彷徨ってから視えるようになりまして。必然的にそういうのの存在に興味を持って研究してます」 (幽霊の研究ってなにするんだよ……) 「いずれにしろ番組は企画中止にした方がいいですよ。どうしても続けるなら、撮影の時間以外は友達の家とかに泊めて貰ってください」 「………」 出来るならそうしたいが、友達などいない。それに、そんなことをしたらヤラセになってしまう。
/95ページ

最初のコメントを投稿しよう!

625人が本棚に入れています
本棚に追加