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「お前霊能者ならお祓いとかできねーの?」
「アレにそういった物は効きません」
「そんなに強い……その、怨念が残ってるのか?」
「怨念があるタイプの方が危険ですが解決はしやすいんですよ。ああいう風に特に恨みはないけどこの世から離れず残ってるのは、自然と消えるのを待つしかないですね。下手に刺激しない方がいい」
心なしか、霊の話になった途端、饒舌になっている。
椅子に腰かけながら揚々とそう話す彼は、どこぞの若手IT社長のようだった。
「じゃあ、これからもあの部屋で暮らすならあの首吊り霊と同居するしかないってことか?」
「そういうことになります。どっちにしろ三笠さんはあの部屋にはいない方がいい。霊があなたを追い出したがっているから」
「……でも、危険な霊じゃないんだろ?」
部屋にいない方がいいと言われても、他に行き場所はないし、何より撮影は中断出来ない。ならせめて、アレが危険ではないと思いたかった。普段はなるべくリビングにいないようにして、現れてしまったら部屋から出るという方法でやり過ごすしかない。
「危険がないのは、今のところは、ですよ」
「?」
「ああいう風に怨恨や強い未練以外で残ってる霊は、とにかく寂しいんですよね。ろくに弔いもされず孤独のまま死んで、せめて自分が生きていたことを忘れられたくない、消えたくないって思いが強い。そういう霊は扱い方を間違えると危険になります。自分を見てくれる場所や人に強く依存するから」
「………」
伊織は思わず、言葉を失った。
忘れられたくない。消えたくないと、この業界に依存している自分はまるで霊そのもののように思えてならなかった。
身寄りもなく、首を吊ったまま腐り落ちるまで放っておかれた霊。一体どれほどの孤独だろう。
あの霊の気持ちが、不意に、痛いほどわかってしまった。
「だから撮影時以外は友達の家か実家に身を寄せて……三笠さん、友達います?」
「お前、失礼だな。いるに決まってんだろー友達ぐらい」
変な見栄を張ってそう言う。
「いや、あんまり三笠伊織と仲良い芸能人って聞いたことないから」
「……お前、俺のこと知ってるのか?」
「え?」
「世代的に、知らないかと思った」
「世代って。俺20歳だから5歳差だし。同世代で三笠さんを知らない奴の方が少ないと思いますけどね。青の季節の再放送とかよく観てましたよ。祖母が好きで」
幼い頃出ていたドラマを挙げられ、伊織は少し頬を赤くした。
「そ、そうか。青の季節観てたのか」
「可愛かったですよね。あのドラマの三笠さん」
「ふん。今は劣化したとでも言いたげだな」
「いや……」
狗飼は何が言いかけたあと顔を逸らした。
伊織はそれを肯定と捉えて、ムッとしながら差し出されたコーヒーに口をつけた。
「あ、すみません。砂糖いります?」
「いや、要らない」
「あー、六時以降は糖分取らないんでしたっけ。ストイックですね」
なんでそんなこと知ってるんだと首を傾げながら頷いた。
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