2.事故物件・前編

12/34

625人が本棚に入れています
本棚に追加
/95ページ
「いやー、こんなネット番組がトレンドに乗ること自体初だし、伊織くんのあの後を心配する声が番組に来まくってて反響がすごいよ! あの幽霊役の人は伊織くんが仕込んだの?? 特殊メイクすごいよね。スタッフに聞いてもやってないって言うんだよねー」 プロデューサーはあくまで幽霊の仕業ではなく、人為的なモノだと思っているようだ。 「急だけど、明日部屋にカメラ入ってもいいかな? せっかくバズったし、企画についてもこっちで打ち合わせして練り直すから」 「は、はい、分かりました!」 スマホを切ると、伊織は夢心地のような顔でフー……っと息をついた。 すごい。一晩にしてこんなことになるなんて。 「バズってますねー」 狗飼はこちらのやり取りを聞いて何があったのか察したのだろう。自分のスマホを覗きこみ、つぶったーのトレンドを眺めながらどこか冷めた顔で言った。 「やばい、すごい、〝いおりん〟がトレンド3位になってる! この企画、もっと盛り上げるぞ! 俺、この先事故物件タレントとして生きてく!!」 自分がこの業界で生き残っていくにはこの路線しかない。もう、怖いなんて子供みたいなこと言っていられない。 興奮し、浮かれきった様子の伊織に、狗飼は再度警告した。 「……幽霊は、人から認識されない限り存在し得ないんです。裏を返せば、人間に認識されることで存在を強める。人は、普段目にしない物の存在をどんどん忘れていくでしょう。完全に人目に触れられなくなって、忘れられれば、あの霊も自然と風化するように消えていくんです。三笠さんの危険を考えると、あまり番組でも大きく取り上げない方がいいと思いますが」 そう、みんな忘れていく。 これだけ話題になっていても、すぐにまた別のスクープやお気に入りのアイドル、日常のことで頭がいっぱいになり、伊織のことなんてすぐに忘れてしまう。 「お前の言いたいことはよくわかる。でもこのチャンスは絶対モノにしたい。ずっと待ってたんだ。何年も、何年もこの時を……」 少しずつ自分の存在が世間から忘れられていくのを、狂いそうになりながら見て来た。このまま黙って存在を忘れられたくなんてなかった。 あの目が眩むような強烈なスポットライトを思い出して強烈な飢餓状態を感じていた。 こんなところで終わってたまるか。 もう一度もう一度もう一度。 尋常ではない業界への執着に、狗飼は深い溜息を吐いて言った。 「……とりあえず、今晩だけはここ泊まっていったらどうですか。来客用の布団があるので」 「え、いいのか?」 エゴサしきれないほどSNSにずらりと並んだ自分の名前に、あの幽霊が幸運の神様のようにすら思えたが、だからと言って、今夜あの部屋で眠ると考えると、恐ろしくて鳥肌が立つ。 売名のために恐怖すら完全に捨て去れるほど、まだ自分は狂えていない。 友達も身寄りもいないし、朝までファミレスにでも行って時間を潰そうかとも考えていたので、狗飼の申し出はとてもありがたかった。 「また深夜にアレが出て、絶叫とかされたら迷惑なんで」 「………」 嫌味な言い方に、ムスッとしながらも、確かに迷惑をかけたことは事実で何も言い返すことなど出来ない。
/95ページ

最初のコメントを投稿しよう!

625人が本棚に入れています
本棚に追加