632人が本棚に入れています
本棚に追加
だが、それは長くは続かなかった。
神童も二十歳過ぎればただの人とよく言うが、それよりももっと早くに、伊織の栄光は終わった。
声変わりによって、甘く可愛らしい声が失われ、成長期によって、女の子と見まごうような華奢な体躯が失われていくにつれ、皆徐々に興味を失っていった。
伊織の成長は〝劣化〟と呼ばれ、誰もその成長を喜ばなかった。
なんとか成長を止めようと、食事を抜いたり、日光に当たらないようにしたり牛乳を飲まないようにしたり色々と手は尽くした。
特に母は半狂乱になって成長を止めようとして、変なサプリやらホルモン剤を無理やり飲ませられたが、何をしても二次性徴には逆らえなかった。
それでもまだ人気が残っているうちにと、同じ事務所の少年と、アイドルユニット「Lament」を組んでデビューしたが、相方である飛鳥井衛士ばかりが人気になり、彼一人で活動することが増えていき、高校卒業と同時に解散になった。
彼は解散後もイケメンモデル兼若手俳優としてテレビに映らない日はなかったが、伊織とのユニットを解散してから一年足らずで世間から惜しまれつつ引退してしまった。
──この仕事嫌いだったんだよね
事務所を辞めるときにそう言われ、無性に腹が立って子供のように絶交宣言をしてしまった。それにも関わらず、向こうは今でも時折以前と同じような爽やかな笑顔で部屋に遊びにきたり、元気にしてるかーとメッセージを送ってくる。伊織は自分でも子供っぽいと思うが、それをずっと無視し続けていた。
(やっぱ〝カワイイ〟を売りにしたアイドルって成長しちゃいけないんだな)
衛士と自分の分かれ道のことを思う度にそれを痛感する。
だからと言って自分の顔は母譲りの女顔で、どうあがいてもイケメン路線にはいけそうになかった。
仕事が激減すると、母の興味も徐々にそがれていった。
あれほど稼いだ金は一体どこへ消えたのだろうか。母が管理していたが、伊織が衛士とユニットを解散した頃、別の男と共に蒸発してしまった。
それからは、ろくな仕事もなくひたすらバイト三昧だ。稼いだ金は、ボイストレーニングや、ダンスレッスン代に消えて行くが、どうしても芸能界からは離れられなかった。
承認欲求と言うのだろうか。
幼い頃からあまりにもチヤホヤされすぎて、伊織のそれは常人の何倍にも膨れ上がっていた。
もう一度、またあの強烈なスポットライトを浴びて、日本中から注目されたいという思いがあった。
最初のコメントを投稿しよう!