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「今日のゲストは、今例の放送事故で話題になってる三笠伊織さんでーす。って、あのいおりんだよね? うわーすっかり大人になって」
「酒井さん、おひさしぶりですー」
約10年ぶりに一緒に仕事をすることになった有名司会者ににこやかに挨拶をする。ゴールデン番組に出演するなんて、何年振りだろう。
「あの動画見たよーあれすごいねー本当なの?」
「ほんとです。今も幽霊と同棲中ですよ〜」
「うわ〜よく住めるねえ」
あの初回放送日翌日から、伊織の生活は急激に変化していった。
伊織の存在を思い出したらしいテレビ業界から、生放送番組やバラエティに出て欲しいと声がかかるようになり、ゴールデンタイムの心霊系の特番にも急遽ゲストとして呼ばれ、近頃ではアルバイトのシフトを大幅に減らさなければならない程忙しくなってきていた。
──最近いおりんよくテレビで見るなー
──あんなにヤバい事故物件住んでて大丈夫なのかな。心配
──今でも可愛いくてすごい! 肌綺麗で羨ましいー
もちろん劣化したという意見も多く見られるが、純粋に事故物件を心配する声や、応援するメッセージも増えてきている。
「ふふ……ふふ。そうだろうすごいだろう」
収録を終えた送迎の車の中で笑いながらエゴサをしているとマネージャーの三浦が上機嫌に言った。
「いやーいおりんの凋落と飛鳥井くんの引退でわが事務所ももうダメかと思ってたけど、また希望が見えてきたねー」
「凋落って言うな。殴るぞ」
「まあまあ。あ、そーだ。連ドラのオファー来てるよ。主役じゃないけど、主人公の大学の友人役」
「えっ!? ほんとか!?」
思わず前に乗り出して座席を掴んだ。
「頭脳明晰な役で結構長いセリフ多いらしいから今のスケジュール的に大変かもしれないけど」
「頭脳……明晰?」
縁遠い言葉に思わず反芻する。なんとなく、脳裏に隣人の帝大生、犬飼の姿が浮かんだ。
「びっくりだよね。本人全然違うけど大丈夫ですかー?って思わず聞いちゃったよ」
「おい」
運転中じゃなかったら脛を蹴ってやるのにと思いながらも連ドラ出演の喜びでそこまで怒りが湧かなかった。
「……でも、大丈夫なの? 事故物件。あれマジでヤラセじゃないんでしょ」
「ああ。もうあの幽霊のおかげ様々だからな。幽霊っていうよりもう仕事の相棒だよ」
ニッと笑って得意げに言ったが、あの日以来リビングには怖くて入れていない。〝彼〟は度々姿を現している。
伊織が夜遅く、家から帰ってくると、リビングへと続く曇りガラスのドアに、人の足が映り、あの「ドン……ドン……」という足のぶつかる音が聞こえる。
二度とあの姿を直視したくない気持ちと、もう一度生配信の時に現れてくれないかという気持ちで複雑だったが、今のところあれ以来、襲われるようなことはなかった。
「あんまそうやって調子に乗ってると痛い目みるよー。あの時だって……」
「〝あの話〟はやめろよ!!」
思わず大声を出した。
急にゾッと吹き出した冷たい汗が手の平を湿らせた。
「ごめんごめん」
三浦は軽く、だが少しバツの悪い顔で謝罪した。
「飛鳥井くんもう芸能界には戻らないのかなあ」
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