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「ただいまー」
暗い部屋を開けると、伊織は素早く電気を点けて誰にともなく言った。返事をされても怖いが、もう一人(?)住人がいるのに挨拶をしないのもなんとなく気が引けた。
一応、リビングのドアの前には小さなテーブルを置き、花瓶と線香をあげたり、お菓子をお供えしたりしている。
狗飼には、この霊は供養しても消えないし下手したら逆効果だと言われており、確かに今のところなんの成果もないが、こういうのは気持ちだろうということ続けている。
成仏して下さいというよりは、商売繁盛の神様にお供えしているような気持ちだった。
未だに怖くてリビングには入れず、開かずの間と化しているが、最近は怖い目に遭うこともなく、今のところ良い思いしかないので、伊織は少し調子に乗っていた。
伊織はリビングのドアに置いた小さなテーブルの前にしゃがみ込み、近所のケーキ屋で買ってきたラズベリーがふんだんにあしらわれたケーキを備えた。
「これすげー高かったんだぞ。店の一番人気でめちゃくちゃ並んだ。すぐ食いたいけどお前にやるからさー、今後も適度に怖くよろしくな。来週、また生中継するから、ちょっとだけ出てきてくれてもいいぞ。でも、ちょっとだけだからな」
すぐ頭上にぶらさがっているであろう霊に向かってこわごわと言い聞かせながら、ケーキとフォークを添えた。
(業界で生き抜いてくには賄賂が大事なんだよな。狗飼はまだまだお子様だから分からないだろうけど)
無事、賄賂を終えて今何時ごろだろうかと時計を見ようとした。だが、今は夕方おそらく六時頃のはずなのに、針は10時過ぎをさしていた。
「げ、また止まっちゃったのか」
越してきたばかりの頃も、買ったばかりなのにすぐに止まってしまった。その時も、記憶はさだかではないが、確か10時ぐらいを指していた。
生配信で「アレ」が出てきたのも10時過ぎ。
(もしかすると……それぐらいの時間に死んだのか)
そんなことを考えてぞわりとして、伊織は頭を振った。
「さ、さーて、久しぶりに飯でも作るかー」
肌の健康のために、自炊は欠かせないが忙しいとどうしても外食になりがちになる。
キッチンに向かおうとしたとき、リビングで「ドンッ」と物音がした。
「うわっ」
こんな激しい音がしたのは久しぶりで、伊織はビクッとした。
「そ、そーかそーか。ケーキがそんなに嬉しかったか?」
バクバクと鳴る心臓を押さえながら、恐怖を誤魔化すようにわざと明るく振舞う。
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