2.事故物件・前編

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「……クッキングバトルたまに見てましたけど、あれヤラセって噂出てましたがそうじゃなかったんですね」 クッキングバトルとは数年前に流行った料理上手な芸能人に料理を作らせる番組で、伊織はよくゲストで呼ばれていた。 単体だと飛鳥井ばかりがゲストに呼ばれていたが、その番組だけは伊織の方がよく呼ばれていた。 週刊誌では、芸能人が作っているように見せかけているだけで、実際はプロが作っているという噂があったが、狗飼としては伊織のエプロン姿が見えればそれだけで価値があると思える番組だった。 「あー……ヤラセっていうか、見栄えよくするためにプロが手を加えたりはしてたぞ。でも本当に出来ないと手つきでバレちゃうだろ。料理に限らずだけど。だからやっぱり、日ごろからどんなことでも出来るように特訓しておかないとな。……つーかお前、俺の出てる番組よく見てるな」 「え?」 「なんか、昔答えたインタビューとか、俺でも忘れてるようなこと知ってたりするからさぁー」 さては俺のファンだなーとふざけた口調で言われたので、内心ドキッとした。 「いや、違いますよ。記憶力がいいだけです」 「なんだそのスマートな自慢。ムカツク。嘘でもファンだって言っとけよそこは」 罰としてお代わりしろと、炊き込みご飯をよそわれ、ありがたく受け取りながら、内心ほっとしていた。これも複雑なファン心理だが、伊織には自分がファンだとバレたくなかった。隣人と隣人、アイドルとファン、この二つを交差させたくなかったのだ。 ■ 「……で、話って?」 食事を終えて、狗飼が差し出したコーヒーを飲みつつ、伊織がそう切り出した。テレビだと、よくマグカップを両手持ちであざとく飲んでいたが、私生活ではそんなことはなく、ごく普通にスマホを片手に飲んでいる。 「この人に見覚えありますか?」 狗飼は手帳の間に挟んでいた一枚の写真を取り出して、伊織に渡した。 彼はそれを黙って受け取り、まじまじと眺めていたが、やがてすぐに「あっ」と声を上げた。
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