2.事故物件・前編

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「マサくんだ! 昔時々、俺の握手会に来てくれてた」 「……握手会に来ただけの人、よく覚えてますね」 狗飼は写真に写る青白く痩せた男の顔に目を落とし、思わず感心して言った。男性アイドルの握手会会場において、男性ファンが来るのは珍しいから目立つかもしれないが、伊織の握手会は男性も多かったし、どう見ても、この人は一日で忘れてしまいそうな印象の薄い顔だった。 「ファンの顔は絶対忘れないって決めてるんだ。たまに恥ずかしいのかマスクとかサングラスして来る奴いて、ああいうのは覚えられなかったけど。そういうのはマスク1号、2号って覚えてた」 狗飼は思わずギクッとした。そのマスク何号かは自分だろう。 「で、マサくんが一体どうした?」 「若宮正弘享年29歳。あなたの部屋に出てくる首吊り霊の正体です」 「……は?」 伊織は言葉を失くして、無意識に口に手を当てた。 「な、なんでそんなこと分かるんだ……」 「特殊清掃の業者に、ちょっとツテがあって。あなたの部屋のクリーニングをした人と話させて貰ったんですよ」 「お前、いつの間に……」 特殊清掃の現場で、怪異に悩む業者は少なくない。何度か、調査を頼まれたことがあった。 「生前の写真は今お渡しした履歴書の証明写真だけ。遺品らしい遺品もありませんでしたが、アイドルの写真やポスターを結構買っていて、その中にあなたの写真もあったみたいです。Lamentだったときの」 「そうか……マサくん、そうだったのか」 伊織は、すぐには状況を飲み込めないという表情で若宮の写真に視線を落とし、少し痛々し気に眉を寄せた。 「でも、じゃあなんでマサ君が俺を襲うんだ」 「生前ファンだったのなら、やはり、貴方にだけ何か特別な思いがあるんだと思います。その……アイドルの写真をスクラップブックにしてたんですけど、なぜか一部ライターで炙ってあったらしくて」 「え」 スクラップブックはライターで炙られ、焦げていた。一番最後にあった伊織の写真は、顔が半分焦げて無惨なことになっていたらしい。それが明確に伊織だけを狙って炙ったのか、スクラップブック全体を燃やそうとして、たまたまそこだけ燃えたのか分からない。もし、意図的に炙ったのだとしたら、猟奇的だ。 「彼は特に、迷惑ファンとかではなかったんですか?」 ファン心理というのは時に暴走する。 伊織が成長したことで、誹謗中傷をしている多くが、元ファンだ。元から興味がなければ、テレビやネットで目にしなくなれば自然と存在自体を忘れてしまう。好きだからこそ、憎しみを募らせ、暴力性を増すことはよくあることだ。 狗飼が言わんとしていることに気づくと、伊織は視線を落とした。
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