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数日後、雑誌のインタビューの仕事を終えた後、伊織はテレビ局で事故物件の番組の生配信についての打ち合わせを行っていた。
「……という訳で、次回は部屋に仕掛けを入れて、テコ入れしようと思って」
「テコ入れって……ヤラセってことですか?」
伊織はディレクターの佐伯から受け取った企画書を手にあからさまに顔を顰めた。
事故物件に住むという企画は、出だしこそ想定外にバズって注目を集めたが、初回以来幽霊は出てこず、派手な展開がないことが続くと、少しずつ反応が悪くなってきていた。
「ヤラセじゃなくて演出。ここらで盛り返さないと、視聴者離れちゃうでしょ。最初からそうしておけばよかったよ」
佐伯が愚痴るように言うと、同席していた女性ADの新井がムッとしたように言った。
「予算無いから演出に金かけずに雰囲気と編集といおりんの演技力でそれっぽくするって言ったの佐伯さんじゃないですかー」
「まーそうだけど、今はプロデューサーがこのコーナーもっと金かけろって言ってくれたんだから……」
佐伯の言葉を遮るように、伊織は言った。
「それはちょっとどうかと……。あの部屋、本当に幽霊出るのにヤラセなんて……。まだ毎週トレンドに上がるぐらいは注目あるし、そんな中ヤラセなんてしてバレたら、最初のもそうだったのかって白けちゃうかもしれないじゃないですかぁ」
笑みを浮かべて柔らかい物言いをしながらも、はっきりと反対の意を示した。
そうなったら、番組だけでなく自分も信頼を失い、イメージの失墜に繋がる。なんのためにあんな不気味な部屋に我慢して住んでいるのか分からなくなる。
「事務所からは許可貰ってるよ。それにいおりん、あれ以来大した映像送ってくれてないじゃん。壁の音ぐらいじゃもう視聴者驚かないよ」
「………」
この間、一度派手に霊が出た時はあったが、あの時はショックのあまりカメラを回せなかった。初回配信で、派手に出たということもあり、たまに無言電話がかかってくるとか、怪音がすると言ったようなちょっとしたことでは視聴者としても物足りないようだった。
「という訳で、次回の撮影と生配信の時には仕掛けを入れるってことで決定ね。いおりんが生配信しているときに、後ろに人影が通って、音声と映像が乱れてその後一瞬、不気味な顔が映って終わり。どう?」
「そ、そんな派手にやったら、バレちゃいますよ~」
「うちの会社の美術班すごいよ。キー局の精鋭連れて来てるから大丈夫」
はい終わりーと言われて、伊織は「待ってください」と呼び止めた。
「まだ話したりないの? でもごめんね~これから大事なプレビューなんだよ。そうだ。夜、食事でも行く?」
奢るよーと笑ったその目に嫌な物を感じて、伊織は申し訳なさそうに眉を下げながら言った。
「……ごめんなさい、明日ドラマのクランクインで……」
「あーそっか。結構重要な役どころなんだよね? いおりん完全復活って感じだね」
「あはは……ありがとうございます」
心の中で中指を立てながら、伊織は笑みを浮かべてやんわりと流した。佐伯が次の打ち合わせへと向かうと、新井が伊織の方を向いた。
「もー、佐伯のセクハラ野郎最悪。いおりん大丈夫だったー?」
(……俺の方が年上だし芸歴もセンパイだぞ。敬語を使え敬語を)
と思ったが、悪気はないのだろう。そこまで嫌な気にもならず、伊織は笑って頷いた。
「大丈夫です」
「あーあ。人使い荒いしお気に入りの子にセクハラするし、前のDのままが良かったなぁ」
「前のD?」
「えっ、もしかしていおりん知らないの!?」
「? は、はい」
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