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3.事故物件・中編
※前書き
事故物件の章長いので、前後編に分けることにしました!※
■
「三笠! お前ちゃんと台本読んできたのかよ!」
監督の宮江の怒号が撮影現場に飛ぶと、キャストやスタッフを含め全員の目が一斉にこちらに向けられた。
「はい……、読んできました」
小声で謝罪すると、呆れたように言った。
宮江は昔からヒットメーカーの監督と言われ、制作したドラマでは高視聴率を常に叩き出していた。伊織もまた、子役時代の時は何度も一緒に仕事をしていた。
鬼監督として有名なため、俳優泣かせでもあるが、一緒に仕事出来るのは光栄なことだった。
「じゃあどうなってんだ。ただの棒読みじゃねーか。セリフあやふやだからそんな気の抜けた演技になるんじゃねーのか?」
「………」
「お前、ガキの頃の方がちゃんとしてたってどういうことだよ! フツー成長するもんだろうが! 顔も演技力も記憶力も成長どころか何もかも全部退化しやがって」
「……すみません」
「はー……もういい。ちょっとタバコ吸ってくる。10分後、今のシーンもう一回撮り直しで!」
うわ、またかよ最悪。という声がどこからともなく、小声で上がった。迷惑そうな視線を受け、伊織は台本を握りしめて歯を食いしばった。
(クソッ、元々はお前が台本ギリギリに渡してきたのが悪いんだろーが)
しかも、脚本家自体の遅れではなく、宮江が何度も書き直しをさせて、仕上がりが遅くなったと言う。
スタッフ達の溜息や他のキャストの冷ややかな視線に胃を痛めながら、内心で毒づくが、宮江に言われた言葉は胸に刺さった。
成長どころか、退化している。何もかも全部。
台本がギリギリに渡されたのは伊織だけではない。だが、主役の俳優は当然のこと、皆完璧に仕上げてきている。
セリフはなんとかほぼ徹夜で覚えきっていたが、それで精一杯になってしまい、演技に気を配る余裕がない。宮江の言う通りだった。
昨日の夜は、どうしても狗飼と顔を合わせたくなくて、インターフォンが何度も鳴らされる中、一晩中部屋に引きこもっていたが、あの部屋ではとても落ち着いて練習など出来なかった。
途中少しだけ仮眠を取ろうと目覚ましをかけたのだが、時間通りにそれは鳴らなかったのだ。
また、時計が壊れて止まっていた。あの部屋に越してきてから、もう何度目になるだろう。
幸いにも、浅い眠りで明け方には飛び起きたため、大惨事にはならなかったが、かなり余裕がない状態での現場入りとなってしまった。
伊織はペットボトルの水を飲みほした。冷や汗が止まらず、異様に喉が渇く。ドラマの撮影でこんな思いをしたのは初めてだ。
──子役を見習えよ! まだ10歳だけどお前よりちゃんとやってんだぞ
子供の頃、そう怒鳴りつけられている俳優たちを見て来た。まさか自分がこんな風に怒鳴られる側になるなんて、思ってもみなかった。
このままでは、もう二度とドラマに呼ばれなくなってしまう。どうにかしなければと台本を確認し直していると、不意に背後から強い視線を感じた。
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