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ディスプレイに浮かんだ「三浦」という文字。子役の頃からの伊織のマネージャーだ。
「伊織くん、ごめんー寝てた?」
「いや、寝てないけど。………やっと結果、来たのか?」
「結果? なんの?」
「オーディション! すぐ結果出るって言われてもう一カ月経つけど、どうなってんだ三浦」
「え? あー、あれね、ダメだったよ。ごめんごめん、言うのずっと忘れてた」
結構手ごたえがあったのにと、肩を落としていると、三浦は笑いながら「本題」と続けた。
「今度出演予定のドラマ、ちょっと脚本に急な修正入ってさー、伊織くんの出番なくなっちゃった」
「えっ……」
「まあ、いいでしょ。モブだし」
「はあ!? モブじゃねーし! ちゃんとセリフもあったんだぞ!?」
たった一行のそのセリフを、どれだけ練習したと思っているのか。だが三浦は鼻で笑った。
「本屋の店員の役なんてモブみたいなもんじゃん。それよりその時間本業の本屋バイト入れた方が有意義だよ。お金ないんでしょー?」
「うるさいな、本業はこっちだ! 他に受けられるオーディションねーの?」
「あれはやだこれはやだって文句言うじゃん」
確かに伊織はこれまで、昔のキラキラしていたときのイメージを崩すような汚れ系の仕事は絶対に引き受けなかった。それがワガママだと言われていたが、ファンのイメージを崩さないためだった。だが、この際もう選り好みをしていられない。このままだと完全に忘れ去られてしまう。
背に腹は変えられない。どんな汚れ仕事でも、「三笠伊織」のイメージを壊さないようにリアクションをすればいい。七歳の頃からこの世界にいて、誰よりも高いプロ意識を持っている自分ならきっとできるはずだ。
「言わない! なんでもやる!」
「なんでもって……いいの? そんなこと言っちゃって。あのワガママ姫だったいおりんもここまで堕ちたか……時の流れって残酷だね」
「……今度会ったらぶん殴る」
「いや、実はね。今日電話したのにはもう一つ本題があって……断るって言うかなーって思ったんだけど先方がぜひ伊織くんにって」
「は!? なんだよそれ。早く言えよ」
「番組のプロデューサーは売れない芸人をって話だったんだけどディレクターが、伊織くんがピッタリじゃないかって」
「売れない芸人て……」
「あ、やっぱやだよね。じゃあ他の子に頼むわ。また何かあったら……」
「やる!」
「え?」
「ゲテモノでも激辛料理でもなんでも食う。やる」
すると三浦は少し苦笑しながら言った。
「ネットTVの企画でね、月二万円で1LDKの部屋に住んでもらって生活の様子を週一で深夜配信っていう内容なんだけど」
「二万円? どこの田舎だよ」
ド田舎で自給自足をしろという企画だろうかと恐る恐る聞くと、三浦は意外な言葉を続けた。
「東京だよ~文京区。駅から徒歩10分圏内。バストイレ別。築7年だけど新築みたいに綺麗で広い部屋だよ。どう?」
「最高じゃん! やる! やってやるよ」
格安で良い部屋に住める上に生活の様子を配信なんて美味しい企画を貰える。これ以上ない仕事だ。
ただし、と三浦が付け加えた。
「その部屋、事故物件なんだけどね」
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