3.事故物件・中編

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振り返ると、小さな子供が膝を抱えてこちらを見ていた。おそらく子役だろう。朝から伊織に飛び続ける宮江の怒号にすっかり萎縮してしまっているようで、青ざめた顔をしていた。 伊織も子役だった頃、ピリついた現場に行くと、酒を飲んで暴れるあっくんの怒鳴り声を思い出して怖かったことを思い出す。 (しょーがねーな……) それどころじゃないけど、と内心溜息を吐き、伊織は差し入れで貰ったお菓子を一つ手に取るとアイドルスマイルで子供に近づいた。 「俺のせいで怖がらせてごめんね。大丈夫だよ。ちゃんと頑張ってる子には、監督は怒鳴ったりしないから」 菓子を渡しながらしゃがみ込み、頭を撫でると子供はゆっくりとこちらを見上げ、小さな声で言った。 「怖くないの?」 「え? 監督のこと? ……ちょっと怖いけど、大丈夫」 そう言って笑いかけると、子供は青白い顔を上げてこちらを見つめた。黒目が異常に大きい子供だった。 「もうすぐ死んじゃうの、怖くないの?」 「……?」 それはどういうことだと聞こうとして瞬きをしたその一瞬で、目の前に座っていた子役はいなくなっていた。 「………え?」 辺りを見回してもどこにもいない。それに、今日の撮影する脚本に子役が出るようなシーンは無かったはずだ。 (何だ……今の……) 伊織はしばらくの間、呆然と立ち尽くしていたが、「おい三笠! 撮影始まってんだぞ!! 何やってんだ!」という監督の怒号が飛び、慌ただしく撮影現場へと戻った。 ■ 「いおりーん、どうしちゃったの? 今日。珍しいじゃん。あんなに怒られまくるの」 帰りの車の中、三浦が眠気覚ましにガムを噛みながら、疲れた様子で言った。 伊織の演技を宮江が認めず、何度も何度も撮り直しになり、帰宅が深夜近くとなってしまった。 三浦もマネージャーとして散々監督に怒鳴られたらしく、疲労困憊と言った具合だった。 「調子悪かっただけ。台本ギリギリに上げてくるのが悪いんだよ」 「でも前はどんなハプニングが起きて計画が狂っても完璧にこなしてたじゃない?」 「………」 三浦はそれ以上何も言わなかったが、伊織はしばらくして「明日はちゃんとやる」と呟いて俯いた。 ずっとやりたかったドラマの仕事。これでしくじったらもう二度と役者の仕事は来ないかもしれない。 「顔色やばいけど平気?」 「マジ?」 カメラ映りが悪いと画面チェックでも散々ダメ出しをされていた。最近眠れていなかったから肌の調子も悪い。 (また劣化って言われる) 片手で顔を覆って重いため息を吐いていると、三浦が言った。 「やっぱあの家ヤバイんじゃない?」 「……三浦、霊とか信じてんの?」 意外と言うと、彼は信号待ちで車を止めて溜息を吐いて切り出した。 「これさぁ、ずっと渡せなかったんだけど……」 そう言って助手席に置いた鞄から一通の手紙を取り出し、伊織に渡した。 マネージャーは必ず、危険物が同封されていないか調べるために、郵便物の封は開けて中を確認してから渡す。 封筒を見ただけで、伊織はその差出人が分かった。 (Aさんだ……)
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