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「なんだよ! 届いてたんなら早く渡せよな」
そう言って奪うように中を開けた。
ようやく再び日の目を見るようになって、Aさんも喜んでくれているだろうか。
昔の伊織も今の伊織も、変わらず肯定してくれているのはAさんだけだ。
そう思うと、何かの救いのように思えて涙ぐみながら中身を取り出し、戦慄した。
「死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ」
延々とそれだけが書かれている手紙だった。余白なく埋め尽くされたその文字に、伊織は思わずひっと声にならない悲鳴を上げて手紙を放り、心臓を押さえてハァハァと荒い呼吸をした。
バックミラー越しに三浦はそれを見て、苦い顔をした。
「このAさんの手紙、俺も何年も確認でずっと読んでたけど、こんなことふざけて送ってくるような人じゃなかったし……なんか気持ち悪くなってきちゃって。あの番組、降りた方がいいんじゃないかなぁって。俺あんま幽霊とか神様とか信じてないんだけどさー」
「で、でも社長は……」
「社長は反対するだろうけど、さすがに事務所やめろとは言わないはずだよ。説得してみるから、それまではどっか友達の家とか泊まったら?」
「……三浦ん家は?」
「えっ…」
未だに鳴りやまない心臓を押さえ、バックミラー越しに思わず縋るような目で言ってしまったが、心底困った顔をされて伊織は慌てて笑いながら運転席のシートを軽く蹴とばした。
「嘘に決まってんだろ。……そんな困るのかよ」
「いやー、泊めてあげたいんだけど実は今、奥さんおめでたで……」
「マジ?」
マジマジ、と三浦は今までにないほど幸せそうに笑った。
「安定期になるまでは、ちょっとねえ」
「当たり前だ。つーか奥さん身重ならこんな遅くまで仕事してんじゃねーよ」
どう考えても遅くなったのは自分のせいだが、言ってくれれば送迎は断ったのに。
「……明日からタクシーで帰る。この車タバコ臭いから嫌いだし。子供生まれるんなら禁煙しろ禁煙」
「はいはい」
「……どうする? しばらくホテルとか泊まる?」
「いいよ。あの部屋に帰る。明日あの部屋で撮影あるし。……今月厳しいからホテル暮らしとか優雅なことする余裕ない」
「えー、先月は久しぶりに結構稼いだでしょー? そんな一気に浪費できるもの? 何に使ったの」
これから子供が生まれると幸せムードに溢れた三浦を前にして、母に金の無心をされて振込をしたとは言い出しにくく、「お洋服~」と言うと「マリーアントワネットかよ」と笑われた。
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