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「えっ、あれやっぱヤラセなのか……でも最初の生配信の時のはホンモノなんだよな? 確かに最近、あんまり進展なさそうな配信だったけど……もうあの部屋の幽霊はいなくなっちゃったのか?」
「いや、まだいるよ。俺も何回も見てるし、隣の部屋にいても壁の音が聞こえてくる。それも、かなり強く出てくるようになってて……危険なサインだ」
「大丈夫なのかそれ……」
「ダメに決まってるだろ。でも……今は撮影の時以外はマネージャーの家に泊ってるらしくて、あの部屋にはほとんどいないみたいだから」
最近は朝のゴミ出しの時も顔を合わせないし、日中も夜もほとんど物音がせず、部屋にいる気配がない。
「お祓いしてあげるとか適当なこと言ってお前が一緒に住んであげればいいのに。こんなチャンス滅多にないぞ。推してるアイドルの隣人になるなんて。しかも事故物件なんてお前の得意分野で。これを利用しない手があるのか?」
「そういう、距離感をわきまえないファン、一番ぶっ殺したくなるんだよな」
「過激ファンこええ……」
合い鍵を突き返された時、残念な気持ちと同時に、少しほっとした気持ちもあった。1ファンである自分が、幽霊を口実にアイドルを自分の部屋に住まわせるなど、間違っている。
「でもなあ……まあそういうファン心理は分からなくもないよ。俺も推してるアイドルが、ファンの男と同棲してたらショックだし。男死ねって思うと思うけど……」
でも、と絢斗は言った。
「いおりんにしてみれば、隣人に心霊現象のエキスパートがいるなら、頼れたら心強いんじゃないかな」
「………」
その時、一限の始まるベルが鳴った。
「やべ! こんなことしてる場合じゃねーや」
1、2年とサボっていた絢斗は必修の単位がギリギリらしく、3年になってもまだ1限に授業を入れなければならない程余裕がないらしい。
慌てて走りさっていく絢斗を見送り、狗飼は昨日の伊織の生配信を見た。
『こんばんは~~。今週も、『事故物件住んでみた!』の生配信コーナーやっていきたいと思います』
そう言って笑う伊織の顔は、どことなく生気が薄れているように思えた。メイクで隠しているのかもしれないが、それでも目元にはうっすらと隈が見え、青ざめた顔をしている。
この間、合い鍵の件で部屋に半ば押し入りのような形で入ったときは、ここまで顔色は悪くなかった。
(マネージャーの家に、泊ってるんだよな……?)
映像越しだからよく分からないが、ひどく体調が悪そうに思えた。
「あれ、時計止まってる……」
伊織の背後に映っている時計が配信時間と大きく異なり、止まっていることに気づいた。
嫌な予感がした。何かとてつもなく、嫌な予感だ。
(もう一度、部屋の中全部見せて貰おう)
狗飼は決意して、動画アプリを落とした。
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