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「降りられないってどーいうことだよ!」
伊織はその日、撮影帰りの車の中で三浦に怒鳴っていた。
奥さんが妊娠中ということで、深夜の帰宅は電車かタクシーで帰るようにしているが、今日は久しぶりに早めの上がりだった。
伊織から佐伯に直接番組の降板を申し入れるのはまずいだろうということで、三浦を通して伝えてもらうようにしたが、それが出来ないと言うのだ。
「ごめん、社長説得出来なくて……。あの企画リタイアするなら、事務所辞めさせるってきかないんだよ」
「なんでそんなに辞めさせたがるんだよ。ガキのときから必死に働いてどれだけ稼いでやったと思ってんだ!? あ?」
前の座席をガシガシと揺らしながら怒鳴ると、三浦は「言いにくいんだけど」前置きをして言った。
「いおりんを久しぶりに起用してみたけど、反響が良くなかったからって新しい仕事のオファーがあんまり来なくなっちゃってさあ。この後が先細りなんだよね。それで社長も〝伊織はもうダメだ。これが最後だろう〟って…」
「もうダメだって……」
絶句する伊織を、バックミラー越しにちらりと見て、気まずそうに三浦は続けた。
「ドラマが放送されていおりんが話題になればいいけど、ならなかったら、その頃にはもう新しい仕事はないかもだし……唯一の安定したレギュラー番組こっちから断って降りちゃったら、またアルバイトが本職に戻っちゃうかもって……」
先細り。これが最後。それは伊織も感じていた。
エゴサーチをしていても、事故物件番組についての感想は目立っても、伊織自身が他で受けていたバラエティや雑誌のインタビューなどについての反応はほとんど目にしない。
不用にたくさん並んだ賑やかしのタレントの一人にすぎなかった。
その事故物件の番組すら、最近はトレンドの順位も落としてきていたが、昨日、佐伯ディレクターの方針でヤラセを入れたところ、久しぶりにトレンド1位になった。
初回の時はあんなに喜んだのに、今はそれを見ても、苦い気持ちしか覚えなかった。
自分の名前のサジェストが「三笠伊織 ヤラセ」「いおりん ヤラセっぽい」となっているのも許せなかった。
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