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その晩も、伊織は夜中、悪夢と金縛りに悩まされていた。
──明日の撮影も早いのに、クソッ……、夢なんか見てる時間ねーんだよ! どっか行け!
心の中で必死にそう叫ぶが、黒い影はこちらに笑いながら近づいてきて、伊織の上にのしかかってきた。いつもはそれで、耳元で「シネ」と囁くだけなのに、今日は手が伸ばされ、指先が首筋に触れた。
その触れ方に、ゾワリと、肌が粟立つ感覚がして、伊織は古い記憶がフラッシュバックするのを感じた。
衛士とLamentを組んだばかりの頃。二次性徴を終えて伊織自身の人気に翳りが出てきて、衛士ばかりが注目されていたあの頃の記憶だ。
──はは、人形みたいに動かなくなっちゃったな
──伊織が綺麗なのは今が最後だよ。ほら見て、手も足も、全体的に骨ばってきてるだろう。喉ぼとけが醜く出て、昔のあの可愛い声はもう出せない。
──これから君はどんどん成長して、その美貌は失われていくんだ。
──だから、これが最後だ。最後に味あわせてよ
(やめろ……やめろ……っ)
叫びたいのに、叫ぶことが出来ない。あの時とまるで同じだ。
いつもなら、そろそろ目覚める頃だ。だが、夢はまだ続いている。黒い影は伊織の首に手を添えると、思い切り力を込めた。
「……っく、…あ……」
これは夢だ。夢なんだ。そう言い聞かせるが、息が出来ない苦しさは現実のように生々しい。
(やばい、マジで殺される)
その時、隣の部屋からドン、ドンという壁を蹴る、いつになく激しい音がして、やがて首に込められていた力が緩められた。
(助かった、のか……?)
びっしょりと汗で濡れた体が気持ち悪い。
(あれ、でも……変だ)
伊織はそこで、一つの大きな違和感に気づいた。だが、それが何なのかという思考に至る前に、再び薬の強い力によって、深い眠りの底へと落ちて行った。
次に意識が浮上したときも、「ドンドンドン!」と激しく何かを叩く音がしていた。それに混じり、少し耳障りな音楽と振動音。
ハッとして飛び起きた時、玄関の方から三浦の声がした。
「いおりん! いおりんどうしたの!? 撮影遅刻だよ!! 電話しても出ないし、監督カンカンに怒ってるよ!!」
その言葉に伊織は真っ青になって飛び起きた。
スマホのアラームはスヌーズが何度も起動した形跡がある。アラームが鳴らなかった訳ではなく、鳴っても起きられなかったのだ。
子供の頃から今までそんなことは一度もなかった。睡眠薬も、効き過ぎないように量をかなり減らして処方してもらっている。
着の身着のまま部屋を飛び出すと、自分と同じぐらい真っ青な顔をした三浦がいた。彼は伊織の顔を見るなり、ギョッとして目を見張った。
「え、いおりん……どうしたのその首?」
「首?」
「あ~~、とりあえず、話は後! 監督ブチ切れてるから!」
「わ、分かった」
足が震えそうになるのを叱咤してエレベーターホールへ小走りに向かうと、ちょうどゴミ捨てから帰ってきた狗飼とすれ違った。
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