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「あ……」
(やばい……)
ここのところずっと、出かけるのは早朝で、一度も顔を合わせていなかった。
マネージャーの家に泊まっていることにしていたから、嘘がばれたことがひどく気まずい。
軽く会釈して通り過ぎようとしたが、「三笠さん」と呼び止められた。
「その首、どうしたんですか?」
三浦にも言われたが、鏡がないと分からない。だが、もしかしたら痣がついているのかもしれない。昨日絞められた力の感触が、今でも生々しく残っている。
「……これから撮影があるから、今度な」
「……っ、撮影どころじゃないだろ!!」
いつも冷静な狗飼にものすごい剣幕で言われ、驚きに目を見開いた。
部屋に来いと言われたが、それと同時にエレベーターがちょうど来て、三浦に手を引っ張られた。
「いおりん、早くして!」
狗飼は咄嗟にエレベーターのドアに手をかけて止めようとしたが、それよりも早く扉は閉まり、一階へと向かった。
押し込められるようにして車に乗り込むと、階段を駆け下りてきたらしい狗飼が息を切らせて駆け寄ってきたが、三浦はすぐに車を発進させてしまった。
バックミラー越しに狗飼の姿を見て、彼に嘘を吐いていたことに対して罪悪感に駆られたが、自分の首元に青黒い痣がついているのを見てゾッとした。
三浦もまた、バックミラーを見つめながら言った。
「ごめん。時間ないから撒いちゃったけどあれ誰? いおりんの知り合いのモデル? すごいイケメンだね」
「いや……ふつーの大学生」
「うわ、もったいない」
三浦はスカウトしようかなと笑ったが、その後少し黙り込んだ後、言いにくそうに切り出した。
「その首の痣……心当たりある?」
「……寝て起きたらこうなってた」
「自分で自分の首絞めたの?」
「んなことするかよ」
「番組の企画で、定点カメラとか仕込んでるんだよね? あとで確認してみたら」
「前は仕込んでたんだけど、壊れたから、今はもう仕掛けないことになってる。カメラ代、バカ高いし」
「壊れた?」
「あの部屋に置いておくと壊れるんだ。時計もしょっちゅう止まるし」
「……霊現象かな」
伊織は分からないと言った後、窓の外を見てポツリと言った。
「……ドラマ、もう降板かな」
「さすがにそれはないよ。今から代役探すなんてことになったら大問題だし、遅刻のことは俺が土下座しとくから。それぐらいなら喜んでするよ。安い土下座だけどね」
伊織は力なく笑い、再び窓の外を眺めた。
何かおかしい。頭がぼんやりとする。ここのところずっとそうだったが、今日は特に酷かった。
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