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痣はなんとかメイクと衣装で隠し、撮影現場に着くと、当たり前のことだが監督はかつてない怒りを見せていた。怒鳴られるかと思ったが、逆に無言で、それが一層、怒りを表していた。
帰れと言われたが、三浦と一緒にこれ以上下げられないぐらい頭を下げ、なんとか撮影がスタートした。
「三笠、お前遅刻してきたあげく、今日もクソみたいな演技だったら本当にキャスト変更するからな?」
放映開始が迫っている中、キャスト変更で撮り直しなど、そんなことは出来るはずない。だが、この監督ならやりかねないと伊織はごくりと喉を鳴らして青ざめた。
本番スタート、という声がして、カメラが回る。
(大丈夫。大丈夫。……出来る)
──オマエハモウオワリダ
頭の奥に染み付いたあの声がする。
今までずっと、人気ばかりを気にしていた。
歳を取るのはどのタレントも一緒だ。若手のイケメンアイドルと言われていても、永遠に若手な訳はない。
皆年齢に合わせて、役者の道を進んだり、司会者を目指したり、長くこの仕事を続けている人は皆、何かを突き詰めている。
だが自分は、翳っていく自分の外見と人気にばかり囚われ、来た仕事を取捨選択もせずに何もかも全てこなして、必死になって、右往左往しているだけだった。
だって子役の時はいつも、笑顔でいるだけでみんな喜んで見てくれたのだ。
母も、あっくんも、みんな優しくなって、伊織の周りはいつも笑顔で満たされていた。
またみんなに、自分を見て笑顔になってほしくて、でも離れていく人たちをどうやって引き止めればいいのかわからなくて、ただピエロのようにいつも笑って媚びへつらい、必死になって芸をして気を引こうとした。
そうして結局迷走し、何者にもなれないまま、今こうして、醜態を晒してこの世界にしがみついている。
なんて醜いのだろう。あの頃の栄光の欠片も残っていない。
──シネ、モウミタクナイ
頭の奥で、囁き声がする。
『……ごめんなさい、俺はもう終わりです。……これ以上醜くなる前に死にます』
「三笠?」
『首を吊って死にます。明日の朝には、もうこの世にはいません』
「おい! 何言ってんだ! セリフ全然ちげえだろうが!」
「え……?」
主役の俳優がまるで幽霊でも見ているかのように、ゾッと青ざめた顔でこちらを見ている。
監督も、カメラマンもスタッフも、みな怒りよりも困惑を浮かべてこちらを見えていた。
「え、でもここのセリフは……」
台本には、このシーンのセリフは確かにそう書いてあった。
随分削られたセリフ量を、せめて完璧にこなそうと何度も何度も読んで覚えた。
だが、確かにおかしい。こんなセリフでは、話が繋がらない。一体どうして気づかなかったのだろう。
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