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監督はしばらく呆然とこちらを見ていたが、やがてチッと舌打ちうした。
「もういい。お前本当にもう、今日は帰れ」
「すみません、俺の台本だけセリフがおかしくなっていたみたいで……正式な台本、貸して頂けますか? すぐ覚えてきます」
「何言ってんだ。お前の台本だけおかしいなんてこと、ある訳ないだろ! お前なんかやばいクスリでもやってんじゃねーだろうな。目つきも変だし。ふざけんなよ!」
「本当に……そう書いてあって」
証拠を見せようと、鞄から台本を取り出して、ページを開いた瞬間、伊織はそれを取り落した。大きく、首を吊った人間の絵が描かれていた。外国の遊びの、ハングマンのような簡素な棒人間の絵だったが、笑った顔がひどく不気味だった。
「あ……あ……」
後ずさり、腰を抜かした。スタッフも皆、異様な空気に包まれていた。
「いおりん、今日は本当にもういいから。ね、もう帰って休んで。今後のことはマネージャーさんに話しておくから」
スタッフに肩を叩かれ、半ば無理やりセットの外へと連れて行かれる。
──あーもう最悪。ただでさえスケジュール押してるのに
──絶対クスリやってるだろアレ。放送後に春文砲とかされたら最悪だな
──取り憑かれてんじゃね? 今企画で事故物件住んでるじゃん。リタイアしたら芸能界引退って
──さっさと引退してほしいわ~マジ迷惑
──とにかく、他の場面撮っとくぞ
慌ただしく現場は進行していく。取り残された伊織はしばらくの間、台本を握りしめ、呆然とその場に立ち尽くしていた。
──首を吊って死にます。明日の朝には、もうこの世にいません
そう言った、自分自身の声が頭にこびりついて何度も耳鳴りのように鳴り響いていた。
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