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どうやって家に帰ったのか分からない。頭は依然としてぼんやりとしている。
部屋のドアを開けると、電気の付いていないはずの室内は妙に明るかった。
リビングのドアは開け放たれていて、その奥が眩しい光に満ちている。
伊織はその光の方にそっと近づいていった。その光は、強いスポットライトの光だった。
いつのまにか伊織は広いステージの上に立っていて、目の前には人、人、人。
大勢の人が伊織にむかって歓声を上げ、何か叫んでいる。
「懐かしいなあ」
この光を、この歓声を、どうにかもう一度だけ浴びたいと思っていた。
華やかなステージの中央には天井から吊り下がったロープの輪がぶら下がり、その下には椅子が置いてある。
伊織はそのロープの輪に向かって吸い寄せられるようにゆっくりと歩いて行った。
見上げると、広大なステージの上には大きなモニターがいくつもあり、そこには様々なニュースが流れていたが、速報の音と共に一斉に同じニュースが報じられた。
──速報! 三笠伊織さん 自宅で死亡。警察は自殺と見て捜査
──元人気子役タレントで、アイドルユニットLamentの元メンバー三笠伊織さんが自宅で首を吊った状態で亡くなりました。争った形跡はなく、警察は自殺と見て捜査しています
──「いおりん 自殺 事故物件」「いおりん 自殺 なぜ」
SNSのトレンドも、テレビのワイドショーも、伊織が埋め尽くし、日本中が伊織に注目していた。
昔ファンだった人も、とっくに伊織のことを忘れていた人も、伊織のことを知らない人も皆、悼み、悲しみ、偲んでくれている。
誰一人として、伊織の容姿を劣化したなどと貶める人もいなかった。
そんな光景が映し出されているのを眺めているうちに、音もなく、頬に涙が伝っていく。
ずっと長い間彷徨って、探し求めていた答えを見つけたような気がした。
──いおりんの笑顔は、一生忘れません。たくさんの元気をありがとう
「そっか……。今死んだら、みんな俺のこと、忘れないでくれるのか」
それは伊織にとって、とても甘美な誘いに思えた。
なんだかひどく疲れていた。
歓声に促されるようにフラフラと椅子に上り、ロープの輪に首を通そうとした。歓声が、割れんばかりに大きくなる。
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