624人が本棚に入れています
本棚に追加
■
「いおりんのドラマ撮影場所? そんなの調べようがないだろ~~。テレビ局のスタジオ借りてるかもしれないし、ロケで移動するかもしれないし。他にも仕事抱えてたら、別の局のスタジオに移動するかもしれない」
学食のラーメンをすすりながら、絢斗は呆れたように言った。
「それはそうだけど、お前顔広いだろ。あのドラマの主演俳優の追っかけとか出待ちとかやってる女いないか? ロケ地とかチェックしてるかもしれない」
尚も食い下がると、絢斗は「ジェニーズのおっかけなら心辺りあるけど」と首を横に振った。
「何か話があるなら家の前で帰ってくるの待ってれば? あ、今マネージャーの家にいるんだっけ?」
「それが行ってなかったんだよ」
最悪だと狗飼は溜息を吐いた。もっと早く、気づいていればよかった。壁を隔てた向こう側で、伊織はひっそりと衰弱していたのだ。
すれ違ったときの伊織の状態は、もはや普通の状態ではなかった。
首についた痣もそうだが、それ以上に、あの表情。
あの表情は、死に近づき、もうすぐ死の一線を越えてしまう人間の顔だった。
少し前に会ったときも、顔色が悪かった。
あの状態で撮影に行くなんて冗談じゃないと思ったが、止められなかった。
「一刻一秒を争う状態なんだ。帰ってくるのは待ってられない」
ドラマの撮影は長丁場だろうから、どんなに早くても帰りは夜になるだろう。だが、帰宅前に、例えば楽屋で首を吊って、あるいはどこかのビルの屋上から飛び降りて、その一線を越えてしまわないか本気で心配をしていた。
狗飼の表情に、ようやく絢斗も深刻さに気付いたらしく、しばらく押し黙った。やがてラーメンの汁を一気に飲み干し、素早く返却トレーを片付けた。
「テレビ局に入社したOBの先輩がいたわ。撮影中のドラマとは局も違うし報道関係だから無縁かもしれないけど、一応連絡取ってみる」
「頼む」
他にも学内の頼れそうな人を当たってみようと急いで立ち上がりかけたとき、スマホが鳴った。今時珍しい、固定電話の番号からだった。フリーダイヤルでもオフィスの番号でもない、普通の家の番号だ。
「もしもし?」
『……………』
何か風のような、ノイズのような音だけがして、切れてしまった。
「どした?」
「いや……無言電話」
その途端、再び電話がかかってきたが、やはり無言だった。だが、よく聞いていると、ノイズに混じって、聞き覚えのある音が聞こえてくる。
ドン……、ドン……、という一定のリズムで壁を蹴る音。伊織の部屋に取り憑く霊の音だ。
おそらくこれは、伊織の部屋の固定電話からの電話だ
「三笠さん……?」
呼びかけても反応はない。だが、もしかしたらあの部屋の中で、話せないような状況なのかもしれない。
狗飼は弾かれたように立ち上がった。
「え、どこ行くんだ!?」
「三笠さんの部屋!」
最初のコメントを投稿しよう!