3.事故物件・中編

22/28
前へ
/95ページ
次へ
大学からマンションまでは徒歩10分程だが、本郷は坂が多い。 息を切らしながら坂道を駆け上がってマンションに辿り着くと、エレベーターに乗るのもまどろっこしく、狗飼は非常階段を駆け上がって7階に辿り着いた。何度も伊織のチャイムを押し鳴らすが、出てくる気配はない。 「三笠さん! 俺です! 狗飼です! 大丈夫ですか!?」 試しにドアノブを回してみたが、当然開かない。仕方ないと、狗飼は隣の自分の部屋に行って鍵を回した。 すると、背後でゼーハーという息を切らした声がして、振り返ると絢斗が汗だくになってヨタヨタと非常階段から歩いてきた。 「絶っ対……っ、はぁ、はぁ……、エレベーターの方が……早くない!?」 「え、お前なんでついてきてんだよ……」 「いや、なんかつい……非常事態っぽかったのでノリで……」 アハハと笑う絢斗に緊張感を乱され、狗飼は溜息を吐いた。 「これから、犯罪行為に手を染めるから、関わらない方がいい。就職に響くから」 「犯罪行為~?」 首を捻る絢斗に説明をしている暇もなく、狗飼は自分の部屋に入ると、ガムテープと非常用の懐中電灯を掴んでべランダに出た。以前、生配信の際に伊織の悲鳴が聞こえた時も、この非常用の仕切り板を壊して助けに行き、管理会社に怒られたばかりだった。 ようやく直したそれを、再びためらいなく蹴り破る。 「な、何やってんだよ」 戸惑う絢斗の声を聞き流し、狗飼は伊織の部屋のベランダの窓の一部にガムテープを貼って囲み、懐中電灯で思い切り叩き割った。 パリンという乾いた静かな音と共に、ガラス戸が割れる。中の状況が分からない以上、大きな音を立てて騒ぎになるのは避けたかった。 その中に手を入れて鍵を回すと、呆然としていた絢斗が狼狽えた声を出した。 「おいおいおい……どうすんだよ。完全に空き巣じゃねーか!」 静かにしろと人差し指を立てて狗飼は室内に入った。リビングのドアの間にぶら下がる二本の足に、一瞬肝が冷えた。だがそれは、伊織ではなく、若宮の霊だった。 「ひっ」 絢斗が、生々しく垂れ下がる若宮の霊に声なき悲鳴を上げた。 霊感というものは伝染するのだろうか。 自分の近くにいると、霊感がない人間も霊が見えたり、見えやすくなったりするらしい。小さい頃はそれで随分周りから避けられたものだ。 絢斗にもはっきりとその姿が見えているのだろう。 「うわきっつ……これ本当に毎日見てたら、体調もメンタルも崩すわ」 オカルトマニアのくせに、直視できないと顔を背けて狗飼の背後に隠れて、絢斗は呻いた。若宮の死体の近くには、椅子が倒れていて、ロープがドアノブにかかっている。 伊織はこの部屋で、首を吊ろうとしたのだろうか。 生々しく残された痕に、絢斗と共に黙り込む。
/95ページ

最初のコメントを投稿しよう!

625人が本棚に入れています
本棚に追加