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伊織の姿は、いくら探しても部屋の中にはなかった。
壁にかかった固定電話の横には伊織が書いたと思われる自宅番号のメモの付箋が張られていたが、先ほど狗飼の電話宛にかかってきた番号と一致している。
だが、よく見ると、電話線が抜けていた。無言電話や不気味な電話に悩む伊織が抜いたのだろうか。
いずれにしろ、これでは電話をかけられる状態ではない。
「……電話をかけてきたのはお前か?」
狗飼は、頭上を見上げた。若宮の霊は静かに、だが何か言いたげにそこにいた。
一体、なぜ自分に電話をかけてきたのか。伊織を追い詰め、死後の世界へ呼ぶのが狙いなら、伊織の携帯にかけるはずだ。
「あっ!?」
「……なんだよ」
いきなり素っ頓狂な声を出した絢斗に呆れて振り返る。
「いや、時計が9時になってるからびっくりしてさー」
リビングに置かれた時計が狂っていた。キッチンの時計も止まっているようだ。
「絢斗悪い。寝室の時計見てきてくれないか」
「いいけど、なんで俺?」
「いや、さすがに推しの寝室に俺が入るのはちょっと…」
口籠もりながら言うと、うわっと絢斗は苦笑した。
「ガチすぎて引くわー」
「うるせーよ」
程なくして絢斗は時計を片手に戻ってきた。
「寝室の時計も狂ってたぞ。これって霊に関係あるのか?」
「……家電が壊れるのは霊障によくある。タチの悪い霊が憑いてるときに特に多い」
「マジかよ。なんで?」
「理由は分からないけど、く霊障がある家で、家電が壊れまくるって相談はよく受ける。……ただ、色んな種類の家電が一斉に壊れるということはあっても、特定の物だけって話はあんまり聞かないんだ」
冷蔵庫も空気清浄機も、他の家電は全てきちんと動いているように見えた。エアコンや電子レンジも確認したが正常だ。
「じゃあなんだ。タチの悪い霊じゃないから、とか?」
「いや、むしろ霊障ならまだいいと思ったんだけど……」
「は??」
狗飼は自室に戻り、工具箱を取ってくると、時計を裏返し、電池の入っている内蔵部分を開けた。そして、嫌な予感が的中したことに、思わず低く呻いた。
「何それ」
「盗聴器だ。全部屋の時計に仕掛けられてる」
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