3.事故物件・中編

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でも一体どうやって。ここはマンションの七階だ。そしてこのマンションの鍵はピッキング出来ない防犯レベルの高い鍵だ。 自分以外で、伊織の部屋に出入りしたことがあるのは番組スタッフだろう。 狗飼はふと、ディレクターと思われる男が、伊織にセクハラ紛いの絡み方をしていたことを思い出した。 だが、撮影の際は必ず事務所を通してアポイントメントを取って撮影しており、合い鍵も渡していないと伊織は言っていた。 ドッキリのように見える仕掛けも、全て事前承知の上で行っていると。 とすると、彼らが出入りできたのは撮影の間だけだが、撮影の間に盗聴器をいくつも仕掛けたり、台本を差し替えたり、薬の中身を入れ替えたり、そこまでのことが出来るだろうか。 姿の見えない強い悪意。まるで悪霊のようだ。再び強い視線を感じて、狗飼は頭上に顔を上げた。 「お前はずっとこれを、知らせたかったんだな。だから、三笠さんを、部屋から追い出したがってた」 若宮は何も話さなかった。いや、話せないのだろう。 幽霊は死後何年も時間が経ち、人々から存在を忘れ去られていくうちに、徐々に言葉を忘れていくらしい。 狗飼自身に憑いている女の霊も、昔は人の言葉を話していた。 狗飼に何度も、自分の寂しさや、一緒に死んでほしいと語り掛けていた。それを一切取り合わないで無視しているうちに、彼女は徐々に言葉を話せなくなり、意味不明の言葉の羅列をしたり、繰り返したり、崩壊した言葉を話すようになった。彼女はもうじき、壊れるように消えてしまうだろう。 だから狗飼は、普段、出来るだけ〝彼ら〟を見て見ぬふりをしていた。本当は確かにそこにいるのに、他の人には見えない彼ら。 自分だけが見てしまったら、認識してしまったら、彼らはいつまでもこの世に留まり、自分を認識してくれる存在である狗飼に付きまとい続けるのだ。ずっとそれが嫌で仕方なかった。 だが今、狗飼は全神経を集中させ、若宮を見つめた。今はもう、若宮だけが頼りだ。 彼は姿が見えない時もずっとこの部屋に確かに存在し、ここで静かに伊織の身に降りかかったことの全てを見ていた。唯一全てを知っている。 そして自分は、誰よりも鮮明に幽霊という不確かな存在を見ることが出来る。それを生かさない術はなかった。 「何があった。誰がこんなことをしたんだ? 教えてくれ」 「……、ア…………」 「頼む! お前はちゃんとここに〝いる〟んだ。三笠さんを救えるのは全部を見ていたお前だけなんだ」 若宮は、ほんの一瞬瞼を震わせ、苦しそうに呻き、口を必死に動かして、絞り出すように言った。
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