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4.事故物件・後編
※ごめんなさい!長すぎるのでさらに分けて前・中・後編にしました;;
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「四ノ宮って……」
伊織は名前を思い出しただけで震えが止まらなくなった。あの事件以来、地方に飛ばされていたはずだ。二度と会うこともないと思っていた。
「え、衛士……っ」
伊織はスマホを取り出した。こんな時だけ連絡を取るなんて、なんて厚かましいのか。そう思っても、今は連絡せずにはいられなかった。
それにもし、この一連の出来事が四ノ宮絡みなら、彼自身にも何か危険があるかもしれない。
あの事件の時、衛士が随分手を尽くしてくれて、その結果、四ノ宮は地方に飛ばされることになった。ゆえに彼も、恨みを買っている可能性が高い。
LIMEを起動し、飛鳥井衛士とのトーク画面を開こうとしたが、見つからなかった。
「あれ?」
最後に送られてきたのはいつだったか忘れてしまったが、大体2、3カ月に一度、あるいは半年、あるいは連日立て続けに、他愛ない内容のLIMEが送られてきていた。
──伊織ーいおりちゃーん? 元気ー? 応答せよ
──久しぶりにメシ行こうよ。アイドル辞めたら暇すぎ
──いつまで怒ってんの? また週刊誌に不仲説書かれちゃうぞー
ユニット解散の時の伊織の絶交宣言など何も気にしていないとでも言うようなLIMEに、ますます苛立ち、一度も返していなかったが、それでも時折思い出したように送られてきていた。
「アカ消ししたのか……?」
衛士は芸能界を辞めたら、業界の人間とはなるべくすっぱり縁を切りたいと言っていた。自分だけが、その対象から外れているなんて、どうして思っていたのだろう。一方的に腹を立て、散々無視しておいて、ショックを受けるなんて、自分勝手すぎるが、伊織は胸がズキッと痛むのを感じた。
あと3年ぐらいしたら許してやろうなんて、偉そうなことを考えていた。衛士が自分に愛想を尽かすことなどないと思っていたのだ。
だが今は、そんなことを気にしている場合じゃない。縁を切られていたとしても、なんとしても連絡を取らなければならない。三浦なら、連絡先を知っているだろうか。
衛士は三浦を「いい加減なおじさん」と言っていたが、話は合うらしく、時々プライベートで飲みに行っていた。
三浦に電話をかけようとしたその時だった。
「あの、すみません」
その声に、伊織は戦慄した。何年経っても、聞き間違えるはずがないその声。
四ノ宮だ。
「ちょっと道聞いてもいいですか?」
「………」
「あの、すみません。道を教えて欲しいんです。……三笠伊織さん」
名前を呼ばれた途端、全身が振り返ることなく走りだそうとして、首筋に、チクリとした痛みが走った。そのまま全身の筋肉から力が抜け、急速に体の自由が利かなくなる。
「チオペンタールだ。毒じゃない。眠くなるだけだよ」
耳元でそう囁く声がして、その場に倒れそうになる体を抱き止められた。
「伊織大丈夫? 具合悪い? 車で休もう」
まるで友人が心配するようにそう語り掛けながら、伊織を車へと引きずっていく。道行く人に助けを求めたいのに、唇も生態も、麻痺してしまったように動かず、掠れ声さえも出なかった。
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