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伊織は深い眠りの底で、走馬灯を見るように昔の記憶を思い出した。
事務所に入ったばかりの頃の、子役の頃の記憶だ。
「いおりん、この子飛鳥井くん。今度ドラマで一緒に仕事してもらうし、レッスンも一緒に受けてもらうから仲良くしてね。同い年だし」
そう言われて、三浦に衛士を紹介された時の記憶。
内心、伊織は、衛士を一目見て、絶対に関わり合いたくないと思った。何せ小学生なのに金髪に近い茶髪で、おまけに耳にピアスまで空いていたのだ。
この髪型で一体どんな役をやるのかと思ったが、小学校の問題児の役ということで納得した。
芸能活動をしている子役タレントは、芸能人の子供だったり、意外と裕福で上品な家柄が多く、幼稚園から私立の学校に通ういわゆる「お受験」をしている子供も多かった。
伊織も、大人顔負けの受け答えからそういう育ちの良い子供だと思われていたので、本当は安アパートで、母とそのヒモ同然の男に殴られながら暮らしているなどということは絶対に知られたくないことだった。
(なんかこいつ同じ匂いを感じる……)
そう思いながらもにっこりと微笑み、「よろしくね、飛鳥井くん」と握手すると、彼はガムを膨らまして「衛士でいいよ」と言った。
「じゃあ、〝えーくん〟って呼ぶね!」
にこやかに言うと、衛士は苦笑し「君、苦労してんね」と言った。その馬鹿にしたような言い方にはひどく腹が立った。
衛士はその風貌から他の子役タレントからも怖がられ、本人も馴れ合う気はなく一匹狼と言った具合だったが、なぜか伊織には頻繁にどうでもいいことを話しかけてきた。
話しかけんじゃねえ、と思いながらも、伊織はそんな本心は億尾にも出さずに「えーくん」と呼んでニコニコと相手をしてやっていた。
『いおりん、すごいね。怖くないの?』
『さすが優しいね、いおりんは』
そう言って褒めて貰えるということもあり、まあ衛士とはWINWINな関係だと思っていた。
だが、ある日を境に、決定的に関係が変化した。
伊織はその日、レッスンの合間、訳あって皆と一緒に着替えず、一人コソコソ着替えをしていた。
わざわざみんなのスケジュールを確認して、着替えていたのに、衛士は勝手にレッスンをサボっていたらしく、楽屋に入ってきた。
それに気づかずにTシャツを脱ぐと「こわっ」という声が後ろから上がった。
「?」
振り返ると、衛士が立っており、その視線は伊織の上半身に注がれていた。
痣のある腹を見られて、慌てて伊織は体を腕で隠した。昨日は母の交際相手の機嫌がすこぶる悪かった。母が「顔はやめて」と必死に止めたおかげで、大惨事にはならなかったが、着替えをしたら一目で分かってしまう派手な痕だ。
「………」
「昨日転んじゃってさー」
にこやかに話すと、衛士は「いやそれは殴られた痣っしょ。それも大人に」と決めつけてきた。確かにその通りで、伊織はそれ以上言い訳することが出来なくなった。
「やっぱ芸能界ってこういうとこなんだねー」
こわいこわいと言いながら、衛士は楽屋に置いていたペットボトルの水を飲んだ。
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