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「こういう、とこ?」
「親に売られた子供が来る場所」
「なっ……」
その瞬間、伊織は信じられないような怒りに駆られ、衛士の胸倉を掴んだ。
「……何が言いたいんだてめえ」
思わず本性を出してしまったが、伊織はその時怒りで我を忘れていた。その時の衛士の一言は、絶対に言われたくない言葉だった。
「だってそうじゃん? 君、事務所に入った日泣いてたし」
「っ……、見てたのかよ」
カアッと頬を赤らめると、衛士はポンポンと伊織の頭に触れ「ごめんごめん」と軽く謝って続けた。
「自分でやりたくてここに来たんじゃなくて、金稼がせるために無理やり入れられたんでしょ? 楽しくもないのにニコニコ笑って芸させられて、これって売られたのも同然じゃない? ……ま、俺も似たようなもんだけど」
「お前と一緒にするな。俺は売られてない」
胸ぐらを掴んだまま吐き捨てると、衛士はため息を吐いて言った。
「売られたんだよ。そういう親じゃなきゃ、こんな可愛い子、殴れないんだよフツー」
「売られてないって言ってんだろ! 二度と俺に話しかけるな!」
はーい、と気のない返事をして、衛士はペットボトルの水を飲み干し、楽屋を出て行こうとした。そして、ドアノブに手をかけて言った。
「伊織、作り笑いより今の怒ってるほんとの顔の方が可愛いよ。こんな場所に長居しない方がいいと思う」
(勝手に呼び捨てにしやがって……)
伊織は激しく苛立ったが、やがて落ち着いて冷静になってくると、本性をみんなにバラされたらどうしようと不安になった。
しばらくの間事務所を訪れる度にビクビクしていたが、そう言った噂が出回ることはなかった。
伊織は三浦に言って衛士を共演NGにして、極力関わらないようにした。
愛想の悪い衛士は子役としてはあまり人気は出ず、あまり一緒に仕事をする機会はなかったが、相変わらず向こうは、たまに事務所で顔を合わせると馴れ馴れしく話しかけて来ていた。
それから数年して、ユニットを組むことになった時には驚いた。
その時はすでに伊織の人気は徐々に翳りつつあり、共演NGなど言える程の力はなかった。
ユニットを組んでも、衛士は子供の頃と変わらずの調子で無神経で、伊織は度々腹を立てていた。
彼の言葉は、いつも伊織が見たくない、知りたくないと思っている本当のことばかりだったからだ。
だが、だからこそ、一緒に居て気が楽だった。彼は本当の自分を見てくれる、見せられる唯一の場所だった。
衛士はファンに対しても同じスタンスで、握手会のようなファンとの交流の場でも愛想笑いはせず、気乗りがしない時は常にローテンションという、サービス精神の欠片もない有様だったが、それでもファンは熱狂的に彼を愛した。
衛士には独特の、人を惹きつけるオーラがあり、年齢を重ねて背が伸び、成長するにつれ魅力を増した。
伊織はそれが羨ましくて仕方がなかった。
自分はどうしても、カメラが回ると必死に笑って芸をしてしまう。
成長すればするほど「劣化してる」と言われる自分は、せめて笑っていなければ誰も愛してくれないような気がして怖かった。
そんなとき出会ったのが、四ノ宮だった。
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