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(うわ、学生のくせに、こんなとこ住んで生意気)
僻み半分で、そう思っていると、学生は伊織をじっと見つめた後に、少し驚いたように目を見開いた。
(……え、もしかして俺のファンか?)
男性アイドルと言うと、女性が9割9分といったイメージだが、伊織は可愛い系で売り出されたせいかそれなりに男性ファンも多く、また彼らの方が熱狂的だった。子役の頃は、伊織を女の子だと思っていた男性ファンもいたという。
伊織が一番輝いていたのは子役時代で、学生は明らかに年下だから、年代的に知らないかと思ったが、一回りも年が離れている訳でもない。
咄嗟に、にこやかなアイドルスマイルを浮かべた。
「あの三笠伊織!? ぼく、ファンなんです!」という反応が返ってくるのではないかと密かに期待する。
「隣に越してきました三笠伊織です。よろしくお願いします」
わざわざフルネームで爽やかに名乗る。生意気だと業界人の間では嫌われていたが、ファンの前では神対応と昔から言われてきた。
だが、学生は伊織の名前にはなんの反応も示さず、ディレクターの方を向いた。
「越してきた? ……心霊特番って聞いてましたけど、この人、この部屋に住まわせるんですか?」
「え? はぁ」
佐伯ディレクターが学生の棘のある態度に少し戸惑いながら頷いた。
一応、事前に撮影が入ることは同じフロアの住人達には知らせてある。だが、学生は撮影は一日だけだと思っていたのだろう。
伊織がこの部屋に住むということにひどく驚いていた。
「……あの、極力ご迷惑にならないよう静かに致します。こんなにカメラが入るのは入居日だけで、今後は僕が自撮りした動画や定点カメラの映像を編集してVTRにするという形がメインになるので……」
うるさく騒ぐようなことはないと、慌てて伊織が説明すると、学生は首を横に振った。
「いや、そういうことじゃなくて……。この部屋マジで出るんで、そんな馬鹿な企画自体辞めた方がいいです。大体、必死な人の足元見て事故物件に住まわせてリタイアしたら事務所クビとか、これだけ倫理が発達した時代にそんなイジメみたいなことやるのどうかしてると思いますよ」
それだけ言うと、学生は呆気に取られた佐伯ディレクターと伊織を横目に、鍵を回してさっさと部屋に入ってしまった。
佐伯ディレクターは機嫌悪そうに苛立ちながら「どうする? 辞める?」と聞いてきたので、伊織は慌てて首を横に振った。
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