4.事故物件・後編

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四ノ宮とは子役の頃から時折一緒に仕事をしており、その頃から随分伊織に執心していたが、人気絶頂だった幼い頃は本当に目を回す程忙しく、ゆっくり話す機会もなかった。 衛士と組んでからは、ユニットとしての活動は忙しくても、単体での活動は減っていった。増えていく空白の時間を、伊織は焦燥と不安におびえながら過ごしていた。 そんな伊織に、四ノ宮は声をかけてくれた。彼は頻繁に伊織を食事に誘い、そして肯定してくれた。 『伊織は今でも十分魅力的だ。多くの人の心に残って忘れられないアイドルになれるよ』 その言葉は、心の中にぽかんと空いた不安の穴を埋めるように染み入って、伊織は暇を見つけては四ノ宮と会うようになっていた。 『四ノ宮さん、プロデューサーになったら俺に単独でレギュラー番組持たせてくれるって』 いつもそういう自慢をすると、衛士は「すごいじゃん」と適当に褒めてくれて、それで伊織は気分良くなっていたのだが、四ノ宮の話の時だけは渋い顔をした。 『……四ノ宮Dとはあんま関るなって。確かにやり手だしヒットメーカーだけど、裏で黒いのと繋がりがあるって言うし、被害にあった女の子の話も聞くし……何人かシャブ漬けにされたとか、ダークウェブに落ち目のアイドルのマジでアウトな動画撮って流してるとか色々』 『そんなこと言ったら、お前だって散々な噂流れてるけど、全部嘘だろ』 衛士はその容姿や態度から女を弄んで捨てるクズだとか薬物中毒だとか、家が反社会的勢力と繋がりがあるとか、滅茶苦茶なゴシップが流れている。 だが、相方だから分かる。彼は無神経ではあっても、故意に人を傷つけるような人間ではないし、もちろん薬物もやっていない。むしろ体に悪いことは嫌いだ。 家庭の事はお互いあまり話さないが、少なくとも衛士自身はそう言った勢力とは無関係だ。 そう言うと、衛士は珍しく照れたように苦笑した後に真面目な顔をして言った。 『でもマジでこれ以上関わるのやめとけよ。いきなり看板番組とかありえないし、ちょっと浮かれすぎ』 冷静になれと嗜められ、伊織はカッと頭に血が上った。今までずっと我慢してきた嫉妬と不安がない交ぜになったどろりとした感情が溢れ出た。 『……衛士には、絶対わかんねーよ』 『え?』 『いいよなお前は。面倒な業界の付き合いも愛想笑いも何にもしなくてもみんな寄ってくるんだからさ。必死に笑って芸しても、みんな言うんだ。〝あの頃は可愛かった〟って。ファンレターの内容全部それだよ。昔の俺の話ばっかり。母さんからも、売れなくなるからこれ以上成長するなって責められるし。でもそんなの、どうしたらいいのか分かんねーよ。生きてたら、成長するだろ。俺に……俺に、死ねって言うのかよ」 話しながら、伊織は顔を覆って泣いていた。 ピルケースの中には、母から毎日飲むように言われている得体の知れないホルモン剤が詰まっている。それを飲んでも、体調を崩すだけで成長は止まらない。 衛士は言葉を失くした様子で、ただ黙ってこちらを見つめていた。 『今の俺を見てくれる人なんて誰もいない。四ノ宮さんだけだ。だから俺、あの人に付いて行くから』
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