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狗飼は三浦の車で、伊織のグラビアが撮影されたスタジオへと向かっていた。
もし、伊織が本当にただ外出しているだけで、家に帰ってきたらすれ違いになるから、絢斗には、伊織の家の前で待機してもらうことにした。
そうであって欲しいと切に思っているが、どうにも嫌な予感がする。自分の心情を代弁するように、遠くの空には黒くどんよりとした雨雲がかかっている。
車を運転しながら、未だによく状況が分かっていないらしい三浦は首を傾げながら言った。
「撮影場所なんて来てどうするの? ただの古いスタジオだよ」
「そこに〝いる〟可能性があるからです」
「〝いる〟っていおりんが?」
「いや……そうではなく」
狗飼はどう説明すべきか悩んだ。全ては自分の直観と推測に過ぎない。だが他に手がかりもなかった。
狗飼は信号待ちのタイミングで、伊織のグラビア写真の切り抜きを三浦に渡し、手の部分を見るように言った。
「なんか……白い靄? 光ってる?」
「霊障です。三笠さんの手は、何者かの手に掴まれてる。……それから、これはあくまで俺の勘なんですけど……例のファンレターの送り主は、もう死んでいる可能性があります」
「え……〝A〟さんが?」
三浦は信じられないというように苦笑した。
「Aの手紙の様子がおかしくなり始めたのは、いつぐらいからですか?」
「うーん、半年ぐらい前からかな」
「……最初は若宮の霊が、手紙で警告したのかとも思ったのですが、やはり別人のようですね。若宮はもっとずっと前に亡くなってるので……。ファンレターの送り主と、その心霊写真の手が同一人物かは分かりませんが…いずれにしろ、三笠さんを守ろうとしていたのは、あの部屋に憑いている若宮だけじゃない。他にもいるっていうことになります」
伊織の手を引き止めるように掴む幽霊の手。何か尋常ではない強い想いを感じた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。ええ? 狗飼君ってガチの霊能力者ってやつ?」
「ガチのっていうか……まあ、見えるだけですが」
「でも、あの撮影スタジオで人が死んだなんて聞いたことないけどね。いおりんと飛鳥井くんが子供の頃から世話になってるけど、一度も怪談話も聞かなかったし」
「幽霊は死に場所に縛られるとは限らない。生前、思い入れの強かった場所に出ることも多いですよ。人間に憑いてる霊なら移動しますし」
狗飼はそう言ってバックミラー越しに、自分に憑いている女の霊を見る。
三浦の目には見えないだろうが、何か感じ取ったようで、ゾッとしたように背を震わせてハンドルを握る手に力を込めた。
「もし、あのスタジオが、その人にとって思い入れの強かった場所なら、この業界の人間の霊っていう可能性があります。四ノ宮の居場所も知っているかもしれない」
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