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渋谷区にあるその撮影スタジオは、芸能人の宣材写真や雑誌のグラビアを中心に扱っているそうだが三浦が言うように随分と古い建物だった。スタジオ内はそれなりに明るいようだが、廊下や受付などは薄暗く、電気も白々として、どこか昭和の気配すら感じさせる。
三浦に話を通してもらうと、幸いにも伊織がよく撮影に使っているという例のスタジオは今日は使われていないようで、自由に見て良いとのことだった。
「新人君? やばい! 飛鳥井くん並にかっこいいじゃないですかー! 私もうずっと飛鳥井ロスだから、推しちゃおっかなー」
受付にいたスタジオの社員と思われる若い女性が狗飼を見上げて興奮した様子で言ったが、三浦は笑いながら首を横に振った。
「いや、この子は違うんですよ~一般の子なんです。今日はちょっとヤボ用で」
「えっ、タレントじゃないんですか!? もったいない」
「だってよ。どう? 狗飼くん、うちの事務所と契……」
「今それどころじゃないだろ」
思わず敬語も忘れてそう言うと、三浦は「ごめん」と謝った。するとその時、事務所の奥から若い男性社員が現れた。
「あれ、三浦さん! ちょうどよかった! 来週の撮影の件で、ちょっとお話があるんですが……」
「あ、うん分かった。今行……あ……」
三浦はちらりとこちらを見た。行っていいかと言わんばかりの表情だった。
(三笠さんが心配じゃないのか、この人)
半ば呆れながら狗飼は頷いた。未だにきっと半信半疑なのだろう。幽霊の存在も、伊織の危機も。
「いいですよ。俺一人で」
「ごめんねー。俺、どうせ行っても見れないからさ。霊とかそういうの」
「霊!?」
女性社員が驚いた声を上げ、三浦はしまったと口に手を当てた。
「あー、ごめんごめん、なんというかその……このスタジオに幽霊なんか出ないよね~? 俺ずっと通ってるけど聞いたことないし」
女性社員も聞いたことないなーと頷いたが、やがて何か思い出したように首を傾げた。
「あっでもここ最近、警備員のおじさんが、夜中スタジオの見回り中に倒れてたこと何回かあって……。……最初はガス漏れでもしてるんじゃないかって話になって点検してもらったんですけど何もなかったんですよね~」
「どこのスタジオルームですか?」
「一番奥の、セットとか置いてないシンプルな白ホリのスタジオ。あそこだけなんだよねー。倒れたおじさんも、脳の検査したけど異常もなくて……倒れた時に別に幽霊を見たとかそういう話はしてなかったけど、不思議」
ガス漏れとかの方が怖いと女性は苦笑したが、三浦は少し青ざめた。
「……いおりんがいつも撮影に使ってるスタジオだ」
カンが確信に変わった。
狗飼は一人、足早に狭いエレベーターに乗り込み、三階のスタジオへと向かった。
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