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三階のスタジオは、今日は使われていないらしく、静まり返っている。
特段、霊特有の気配は感じなかったが、警備員が見回り中に倒れたという奥の部屋へと向かうと、微かだが霊の気配がした。
経験上、幽霊は、「見られたい」タイプと「強い主張がある」タイプの二つがあると思っている。「見られたい」タイプは若宮のように孤独を抱えており、霊感などない人間でも目にすることがある程見やすい霊だ。
強い主張があるタイプは、対象の人物以外の無関係の人間の前に姿を現すことは少なく、見えにくい。
そういう霊を見たい場合は、波長を合わせることが肝心だ。相手の主張と、自分の主張が合致すれば、鮮やかに見えるはずだ。
(もしお前が……三笠さんを助けたいと思ってるなら、同じ想いのはずだ)
頼む出てきてくれと強く呼びかけながら廊下を曲がった時、奥に人影が現れた。
(いた……)
狗飼は足早にその人影に近づいて、驚愕した。
「……なん、で……」
全身から力が抜けていく。それは狗飼もよく知っている人物だった。
いや、日本中で知らない人間はほとんどいないだろう。
「飛鳥井……衛士」
名前を呟いたことで、向こうもまた驚いたように目を見開いた。
「初めて見た。俺のこと〝見える〟人」
その声は、まぎれもなく配信や動画で聞いていた飛鳥井の声そのものだった。何かの間違いではないだろうかと思った。訃報は間違いなく出ていない。そんなことになったら、大ニュースになる。
伊織ももちろん、何も言っていなかった。
(どういうことだ。死んだなんて、報道見てないぞ)
だが、彼の側頭部には深い傷があり、衣類まで真っ赤に染まっていた。もし生身の、生きている人間ならこんな風に落ち着いて立っていられるような状態ではないだろう。
「あなたは………死者ですか?」
長い沈黙の後、やっとのことでそう絞り出す。首を、横に振って欲しいと思った。狗飼は、ずっと伊織のファンだった。だから、彼の相方である飛鳥井には嫉妬めいた感情もある。
それでも、いつかまた、Lamentに復活してほしいと思っていた。
だが、その願いもむなしく、飛鳥井はゆっくりと頷き、「多分」と言った。
「なぜ、死因は……?」
「さあ? 死んだのか、殺されたのか。ちょっと……まあ、やばい奴と揉めて、階段から突き落とされて、そのまま気づいたらこうなってた。ニュースになってなさそうだし、未だに死体も見つかってないんだね。クスリやって海外に高飛びしてるって世間じゃ噂されてるし、警察も動かなそうだもんな」
素行が悪かったからなーと他人事のように、それでもどこか寂しそうに、飛鳥井は言った。
「俺、今どんな風に見える? 血まみれ? バラバラ死体? 骸骨? 鏡にも窓ガラスにも映んないからさー、確認できないんだよね」
狗飼は何も答えられずにいた。驚愕と疑問が頭の中でひしめいていて、上手く呼吸が出来ない。すると、そんな心情を察したのか、飛鳥井は笑って言った。
「……ま、そんなのどうでもいっか。君ちょっとさ、俺のことが見えるなら、頼み聞いてくんない? 聞いてくれても多分なんのお礼も出来ないけど、……聞かないっていうなら、この場で取り殺す」
飛鳥井は笑みを浮かべたまま、軽口でも叩くように物騒な脅しをしてきた。
「……頼みというのは、三笠伊織さんのことですか?」
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