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廃劇場は、立ち入り禁止の看板が立っており、鍵がかかっていた。鍵の開いている窓を探してみたが、なかなか見つからない。
悠長なことをしている時間はなかった。四ノ宮の目的が分からないが、常軌を逸していることは確かだ。飛鳥井衛士は、四ノ宮は伊織を殺すつもりだと言っていた。
伊織と連絡がつかなくなってからもう随分時間が経つ。一刻の猶予もない。
狗飼は伊織の部屋の窓を割ったときと同じ要領でガムテープを貼って音を押さえ、窓ガラスの一部を割って中に侵入した。
中は埃だらけで、ひどく暗い。
懐中電灯を点けながら手探りで進んでいくと、ホールのレセプションの跡地らしき場所に、幸いにも館内案内図がまだ残っていた。
狗飼は案内図からホールの場所を確認すると、足早に、だが音を立てないように慎重に向かった。
やがて、ホールへと続く扉は中から鍵がかかっているのか開けられない。客席の方からは中に侵入できそうになかった。
耳を澄ませてみても、防音扉越しでは、何も聞こえてこない。
壁伝いに開いているドアがないか手探りで探していたが、やがて、関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉が唯一鍵がかかってないことに気づいた。
そこから中に侵入し、楽屋や通路を抜け、音響設備などが置かれた舞台袖へと向かう。ようやくそこで、何か音が聞こえてきた。
「やだ、見たくない! いやだああ!」
伊織の、悲痛な悲鳴だった。
慌てて舞台袖から舞台の方を覗くと、四ノ宮はちょうど、こちらに背を向けており、何やら夢中で伊織に舞台上に置かれたモニターを見せているようだった。
モニターには、古い動画が映っていた。
画質が粗くてよく見えないが四ノ宮の舌が、ナメクジのようにまだ幼さの残る伊織の体を這いまわっている。
(なんだ、これ……)
見ただけで吐き気がこみ上げてくるような映像に、狗飼は思わず呆然としてしまった。
伊織がそれを見て、えずきながら俯くと、四ノ宮は前髪を掴まれて無理やり顔を上げさせていた。
「ここからが一番楽しいところなんだから、ちゃんと見て」
だが、動画の中、四ノ宮はニヤニヤと笑いながら伊織の両足を持ち上げた。
(え……)
「嫌だ! やめろ!! 何も無かったんだ! 衛士が助けてくれたんだ!! 見たくない! 消せよ! 消せーー!!」
顎を押さえられて上を向かされたまま伊織は叫んだ。
一体、このおぞましい動画が何なのか、狗飼は瞬時に判断が出来なかった。
三浦が、伊織は昔四ノ宮に襲われそうになったことがあったと言っていた。
その時の動画だろうか。
だが、その時は、飛鳥井衛士が寸前のところで助け、幸いにも何事もなかったはずだ。
(まさか……)
とにかく、この先を伊織に見せてはいけないと本能的に思った。
舞台の上に飛び出していきたかったが、四ノ宮は伊織の体をがっちりと抱きかかえており、まだこちらの存在を明かせなかった。
狗飼は、スクリーンから伸びたコードが舞台袖の装置に繋がっていることに気づくと、滅茶苦茶に引き抜いた。
すると、その瞬間、ぷつりとスクリーンから映像が消えた。
舞台上の四ノ宮が、動揺した様子で辺りを見回している。
「なんだ……?」
四ノ宮が、伊織を置いて立ち上がり、機材の様子を見るためこちらに近づいてくる。狗飼はそれに気づくと、舞台の裏側通路を通って、反対側の舞台袖に移動した。
そして、四ノ宮が、舞台袖に引っ込んだのを確認すると、舞台上にいる伊織に駆け寄った。
肩に手を添えると伊織はそれを四ノ宮の手だと思ったのだろうか。
怯え切った様子で、「嫌だ、見たくない」と譫言のように言って顔を覆っていた。
「三笠さん、俺です! 狗飼です!」
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