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すると伊織は信じられないというように、涙の痕だらけの顔をこちらに向け、目を見開いた。
「狗、飼……? なんで……」
「話は後にしましょう。とにかく、ここを出ないと」
伊織は必死に頷いたが、緩慢な動作だった。何か薬を投与されているようでうまく体を動かせないようだ。
ステージの中央には、首吊台のような不気味な装置が置かれている。
これまでの人生で感じたことのないような激しい怒りの念を感じながら、伊織の体を抱き上げて歩き出すと、舞台袖から四ノ宮が現れた。
「……誰かと思ったら、君はあの部屋の隣人の〝元〟ファンの子じゃないか」
四ノ宮は狗飼のことも調べていたようだった。
この妨害は想定外だなぁと、企画書と書かれた本を捲りながら、四ノ宮は不気味に笑った。狗飼は胸ポケットから、ナイフを取り出してそれ以上近寄らないよう牽制するように四ノ宮に向けた。
「元、じゃなくて〝現〟ファンです」
きっぱりとそう言い切ると、伊織が腕の中で、少し驚いたように顔を上げた。
四ノ宮は少し驚いたように目を見開いた後、ニヤニヤと醜い笑みを浮かべた。
「嘘を吐くな。昔の伊織を好きだった君が、今そんな醜く劣化した〝ソレ〟を受け入れられる訳がないだろう」
「お前みたいな病気のヤツと一緒にすんなよ。変化するのは生きてるからだろ。成長したら一切受け入れられないっていうなら、幽霊でも推してろ、クズ野郎」
伊織を腕に抱えていなければ、このまま殴りかかっていたかもしれない。
いや、それどころか。
(殺してやりたい)
その殺意をどうにか堪えながら、伊織を連れてとにかくホールを出ようと出口へ向かうと、背後から四ノ宮が言った。
「まあいいよ。企画は仕切り直しだ」
「……企画は中止だろ。警察を呼ぶ。お前はもう終わりだよ。キ〇ガイ野郎」
だが、四ノ宮はそれを聞いても動揺を見せず、それどころかニヤリと笑った。
「警察を呼んだら、伊織は被害者として事情聴取を受けるだろうね。そこで、確認のためにあの動画の先を見せられる。それを見たらきっと……いずれにしろ、僕の本懐は遂げられるっていう訳だ」
「………」
その言動から、薄々勘づいていた先ほどの動画の先がどのようなものなのか、なんとなく想像がついた。
そのあまりにおぞましい事実に気づくと、狗飼はナイフを握る手に力が籠った。その時、不意に背後に強い霊の気配を感じ、まるで金縛りにあったように体が動かなくなった。
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