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目が覚めた時、伊織は自分の部屋とよく似た、違う部屋で眠っていた。
何度かパチパチと瞬きを繰り返し、ようやくそこが隣室の狗飼の部屋であることに気づいた。
頭が重く、吐き気がする。
「三笠さん! 気づきましたか?」
「狗飼……俺……」
何かひどい悪夢を見ていたような気がする。いや、見ていたのだ。
思い出そうと額に手を当てると、その手を掴んで狗飼は首を横に振った。思い出さなくていいと言うように。
だが、無理に思い出さなくても、いくつかの記憶の断片は鮮明に残っていた。
四ノ宮が、あの部屋に出入りして、自分を追い詰めていたこと。
彼に誘拐され、殺されかけたこと。
そしてあの時、助けに来てくれた狗飼が四ノ宮を殺そうとしていたこと。それを必死に止めたこと。なぜかあの場に、衛士もいたこと。衛士に謝られて、絶交を解いたこと。
そこまで思い出し、伊織はハッとして言った。
「狗飼、四ノ宮は……」
「殺してないですよ」
狗飼はきっぱりとそう言ったが、同時に「でももう、あなたの前に現れることはありません」と言った。あの後、一体何があったのだろう。
「ごめん、俺本当に、何も思い出せなくて……」
「いいですよ。何も思い出さなくていいんです。唯一思い出してほしいことは……俺が、今もあなたのファンってことだけです」
狗飼は少し照れくさそうに言った。
そういえば、夢のような記憶の中で、狗飼がそんなことを言っていて驚いたのを思い出した。
だが、未だに信じられなかった。きっと自分に気を遣っているのだろう。
かつての自分のファンが、今の自分を受け入れられるとは、到底思えなかった。
──日に日に醜くなっていく君を、これ以上見てられない
四ノ宮の言葉が、まるで呪いのように心に沁みついて離れない。今の自分を見られるのが怖くて、伊織は必死に俯いた。
「あのさ、俺、あの企画リタイアする。それで……事務所も、アイドルも辞めようと思って」
「え………」
狗飼は動揺に瞳を揺らし、みるみると青ざめていった。
「ずっと引き際見極められなくて……ずるずる続けて、こんなことになって……最後まで、かっこわるいアイドルで、ごめんな。推してくれて、ありがとう」
笑って言おうと思ったのに、ポタポタと涙が垂れてきて、手の甲に落ちた。これまで必死にしがみついていた手がついに崖から離れ、谷底に落ちて粉々になってしまったような、そんな無力感があった。
四ノ宮の言う通りだった。ファンのためを思うなら、もっと早く、夢を壊す前に辞めていればよかった。
「三笠さん……」
狗飼はしばらくの間呆然と立ち尽くしていたが、やがて何か決意したように隣の部屋に行き、何度か往復して大量の段ボール箱を持ってきた。
「……?」
「これ全部、三笠さんのグッズです」
段ボールには、それぞれ年代が書いてあったが、それらは現在まで続いていた。
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