さよなら、ジョー・フィッシュ

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「さあ、あと十分後、彼等は火星を旅立ち、地球へと向かいます! 探査団の皆さんの心境を、今一度VTRでご覧下さい!」  テレビの衛星中継を、私は会社のロビーで眺めていた。  社員の殆どが集まり、仕事を一時中断して地球探査団の特番に釘付けになっている。  今回が失敗に終わると予算や技術開発、惑星開拓の関係で、向こう50年間は再開されないことになっている。  ある意味最後の賭けと言っていいだろう。そんな3度目のこの試みを、誰もが注目と一縷の望みをかけて観ていた。  ブラウン管の中で、出発前夜の光景が映る。  そして何度目かなのだろう、探査団の一人一人に直前インタビューをする光景が流れ、ほんの数分ではあったが、その中に彼ーー柏倉の姿もあった。  20年振りに見る彼の顔に、私は目を見張った。  彼の顔は、何も変わっていなかった。  無愛想なところも、白い顔も、零れ落ちそうな大きな目も―――そして、あの日見た未来への輝きも。  変わったのは、髪形と声だけだった。  やがてカウントダウンが始まり、周囲からもどよめきがたつ。 「あー、俺も観に行きたかったなー」 「ばか、火星まで一週間はかかるのに、休み取れるわけねえだろ」 「判ってるよ、そんなこと。でもお前だって一科学者として、探査団に入ってみたいって言ってたじゃねえか」 「そりゃあロマンだからなあ。でも、帰れる保証はないんだぜ? 今までの2回とも、大気圏に入る寸前で失敗に終わってるんだ。家族のことを思うとさあ・・・」 「ねえねえ、どうしてここまで地球にこだわるの? 他の惑星と違って、大気圏突破だけでも大変なことなんでしょう? それに行けたとしても、大陸なんて殆ど残ってないって言うじゃない。今じゃこんな遠いエウロパ(木星の衛星)まで開拓が始まって、順調に進んでるのに」 「そりゃあ・・・私たち人類の、故郷だから」 「誰だって帰りたいと思ってる筈さ。いつかはってね・・・」  10 日後、私の手元にあの本が届いた。今度は写真のみならず、しっかりと文字も追う。  今の私には、充分に理解できる内容だ。  鉱石の年代や発掘場所など、授業で聞き覚えのある地名や事象が並んでいる。  パタゴニア、アメリカ、日本、中国、インドネシア―――その殆どが、今では灼熱の海の中である。  柏倉は、あの大きな瞳で遠い過去に羨望を向けていた。  身体の奥深くに根付いている柔らかな閉じられた記憶。  それは今なお息づき、私たちを支配している。  抗えないからこそ、地球を故郷に持つ『人類』なのだとも言える。  遠い宇宙へと移住を重ねようと変わらぬこの見目姿と想い。  例え二度と見舞える事のない大地であろうと、どんなに忘れ去ろうとしても、私達は忘れ去る事など出来ないのだ。  だからこそ彼は、真直ぐに。  何一つ、迷う事などなく―――。    一週間後、新聞は探査船が大気圏を無事通過したことを大きく報じた。  しかしその3日後には、消息を絶ったと報じ、観衆は絶望に涙した。  だが。  私の中から、悲しみは消えた。  彼はきっと後悔などしない。  地球に還るという壮大な夢を叶えたのだから。  遥か500年以上もの昔に別れを告げた、彼の空、彼の大地に―――。  探査管理委員会のシャトルが地球の軌道付近で黙祷を捧げる。  かつて青い惑星と呼ばれた星は、真紅に輝いている。  真空の闇に、冒険者への勲章が放たれる。  柏倉の、あの時見せてくれた、一度きりの笑顔が瞼に焼ける。  そして私は小さく呟いた。  さよなら、ジョー・フィッシュ。 +END+
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