さよなら、ジョー・フィッシュ

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 多分、私服だと性別を見極める事など、当時の私には出来なかったであろう。  色白で、目が零れ落ちそうな程大きくて、しかもおかっぱ頭。  少し張り気味の顎の上には、大きな口。  愛嬌のある顔立ちではあるが、性格はと言うと、可愛い訳では無い。  むしろ無愛想。更には無口なせいか、クラスではいつも孤立していた。  そんな、男の子がいた。  誰に聞いても、そんな風に記憶しているだろう。 「晴さん、そっちもう終わった?」 「ああ、もう終わる」  何処にいるのだか、姿の見えない妻に返事をして、私は小学校の卒業アルバムを手に取った。  恐らく、結婚した時に家から荷物と一緒に持って出たのだろうが、全く記憶には無かった。  結婚して、もう7年になる。  そうなるとこのアルバムは、7年もの間押入の中で眠っていた事になる。  よく見ると装丁も随分と痛んでおり、所々に黴が生えている。古い蔵書特有の匂いが、手にまで及んでいた。流石に、可哀想に感じる。  今度は忘れないように、私は段ボールに他のアルバムと一緒に詰め、しっかりと梱包したのだった。  結局、アルバムの事を思い出したのは、引っ越しが済んで1ヶ月も経った頃だった。  不馴れな遠距離の引っ越しとあり、必要に迫られた荷物の整理や、移住手続きに翻弄され、すっかりと開梱事体を忘れていたのだ。  漸く家内が落ち着き、新しい職場にも慣れ始めた頃、まるで見計らったように思い出す切っ掛けが訪れた。 「そうそう、メールが来てたわよ」  仕事から帰ると、娘をパジャマに着替えさせ乍ら、妻が言う。「6年C組幹事ってあったけど、同窓会かしら」 「ああ、そうかもなあ」  私はネクタイを緩め乍ら、パソコンのポストメールを立ち上げた。小学校を卒業して、かれこれ24年。同窓会の一つや二つあってもおかしくない。メールの差出人を見ると、幼馴染みの西崎からだった。  内容は、案の定同窓会の案内だった。しかし、今の私には行けそうにもない。  新居から故郷までは随分と遠くなってしまったし、それだけの有給を取る為にはまだタイミングが悪い。私は遅い夕食を摂り終えると、断りのメールを認めて風呂に入った。  そして、床に就く前、瞬間的にアルバムの事を思い出したのだった。  既に寝息を立てている妻を起こさぬ様、押入の中から封印したままの段ボールを取り出すと、こそこそとリビングに運んで封を切り、アルバムを取り出した。  古い写真が、当時の記憶を呼び覚ます。  西崎以外、現在の彼らとは殆ど会っていないので、思考には子供のままの姿で綺麗に反射してくれる。  多少なりとも交流のある連中は、当時の姿とのギャップを楽しめた。  アルバムとは不思議なもので、見知って居た程度の級友の、どうでもいい事まで思い出させてくれる。目立って居た子は勿論、そんなに目立たなかった子の事や、下らない遊びや喧嘩、テストに修学旅行と。私は集合写真を指で追い乍ら、苦笑した。  そしてふと、自分の3列前―――最前列に座る男の子に指を止めた。 「ジョー・・・」  私は独り呟いた。  集合写真の下には名字しか記載されていない。悪戯や乱用防止の為だ。  ジョーとは、当時、私が勝手に彼の事を心中でそう呼んでいた徒名である。  名前は多分、知らない。  それほど彼との仲は希薄だった。  たった一度の、例外を覗いて。
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