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「宮殿でハロウィンパーティなんて、何だかわくわくしますね!」
「あなたがそう言ってくれると、私もうれしいよ」
大喜びする由衣に、シャルル公子も満足げに頷く。
今日はハロウィンの当日。ここ、ベネルス公国の宮殿も、ハロウィンのにぎやかな飾り付けに彩られていた。
今日は休日とあって、家々も窓辺にジャック・ザ・ランタンを飾り、朝から仮装に、子どもたちへのお菓子の用意にと、大忙しであった。
「あれ?殿下も由衣もまだ仮装してないの?」
「う、うん。何だか気恥ずかしくって……。私なんかよりジョゼフこそ、とっても可愛らしいわね!そのウサギの仮装!」
宮殿の大広間で、由衣とシャルル、そして少年執事のジョゼフの3人もにぎやかに談笑していた。
「えへん!そうだろう?コンセプトは不思議の国の迷子の子ウサギにしてみたよ!」
ジョゼフはいつもの執事服を脱ぎ、ウサギの着ぐるみを着ている。
ピンと両耳が立ち、お尻に真ん丸なふかふかのしっぽ。
ふわふわ、もふもふのピンク色のウサギは、大広間に集まったたくさんの仮装した人々の中でも、とりわけ愛らしい。
「それは、ウサギだったのか?俺はてっきり、コヨーテかと思った」
「何でだよ、こんな耳の長いコヨーテがいるわけないだろう!?」
そこへもう1人、鬼武隊長もやって来た。
ジョゼフに言わなくてもいいツッコミを入れた彼も、もちろん仮装している。
右目に黒いアイパッチ、頬には傷跡、左の腰にはサーベルを挿した海賊姿だった。
「鬼武隊長のキャプテンの仮装も、とっても素敵ですね!」
由衣が瞳をキラキラさせて鬼武を絶賛する。
「そうかな、エイリークと、キャラかぶってない?」
「あんな、うさんくさいボロ海賊と一緒にするな」
ピンクのコヨーテなんかいない!と激怒していたジョゼフは鬼武にささやかな反撃を試みる。
「では、オニさんも来たことだし、私たちもそろそろ着がえるとするかな?」
「そうですね、じゃあ鬼武隊長、ジョゼフ、行ってきます」
シャルルは由衣と歩きながら思い出したように、鬼武たちを振り返る。
「今日は、宮殿と庭園も一般市民に開放されている。日頃の仕事は忘れて、オニさんもジョゼフもハロウィンを大いに楽しんでくれ」
まだまだ揉め続けそうな海賊とウサギを残し、シャルル公子は由衣の肩にそっと触れると、2人で大広間の右側の階段を上っていった。
「やっぱりこうして並んで歩いているところを見ると、由衣とシャルル殿下ってお似合いだよね!」
「まあな……」
由衣がその場を離れると、いくぶん落ち着いてきたジョゼフが感想をもらす。
その内容に、憮然と答える鬼武。
いつも眼光鋭く、近寄りがたい彼だが、アイパッチと顔の傷跡がよりいっそう凄みを増している。
その証拠に大広間を行き交う女性客が、ジョゼフのウサギを見る時は可愛らしさに目を細めるのに、鬼武海賊とは目を合わせない。
鬼武の表情を見てギョッとしたかと思うと、そそくさとその場を後にする。
そして決まって、十分距離を取ってから、「あの方、いい男なのに何だか怖すぎ」とため息をついて鬼武を振り返るのだ。
「あれ?そういえば、2人一緒に行っちゃったけど、由衣と殿下は同じ更衣室で着がえるのかな?」
「そんなわけあるか!きちんと男女別々の部屋だ!しかも殿下には侍従と執事が、あの人には女官と侍女たちが付いている!宮殿の中とはいえ、2人きりになることは絶対にない!!」
「いやに、自信満々だね。そんなのわからないじゃないか。ハロウィンの、この人出だもの。仮装した市民と観光客で街も宮殿もごった返してるし、たくさんある宮殿の空き部屋で、2人だけでコッソリ逢瀬を重ねるとか……」
一方、ご婦人方がどれほど鬼武を恐れようともジョゼフは平気だ。
モコモコのウサギの手で腕組みしながら鬼武へ疑念をぶつけた。
「心配するな、すでに手は打ってある。執事にも侍女にも俺の息のかかった人間を送り込んでいる。24時間2人の動向を監視させ、逐一報告を上げさせている。ちょうど今、あの人がA11更衣室に入ったところだ」
心配するジョゼフを落ち着かせるように、鬼武は耳元の小型インカムを人差し指で軽く叩いた。
「GPS付きのペンダントといい、由衣に関しては、隊長はストーカーだよね」
「身辺警護に常識は通用しない」
一切の常識が通用しない男、鬼武千早。
恋に迷子になっている少年、ジョゼフ・シガルディ。
強面の海賊とピンクのウサギは、所在なく由衣たちが着がえるのを待っていた。
そこへ、幸か不幸か、ミイラ男、ドラキュラ、魔女に扮した3人の子どもが駆け寄ってきた。
「Trick or Treat!」
「『お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ!』だと?大人相手に交換条件とはいい度胸だ」
イヤーーー!!
うわーっ!!
相手が悪かった。
あまり機嫌がよくない鬼武がギロリとひと睨みしただけで、子どもたちは泣きながらたちまち逃げ去っていく。
「子ども相手に、なに凄んでるんだよ!」
「褒めたつもりなんだがな……。子どもはどうもわからない」
子どもだけでなく、女心もわからないんだろう、とジョゼフは言いたかった。
だが同時に、鬼武にはこれっぽっちの悪意もないこともわかっていた。
だからジョゼフは耐えた。何も言わずにじっと耐えた。
「あッ!殿下と由衣が来たよ!でも……あれって仮装?じゃないよね?」
しかし、神はこの心優しい少年に微笑んだようだ。
唇をかんでどうにか言いたい一言を我慢していると、由衣とシャルル公子が正面階段から降りてきたのだ。
それなのに、肝心のジョゼフは青ざめ、鬼武は低くくうなっている。
「そうだ、あれは仮装じゃない。宣戦布告だ」
「え?え??」
「殿下の、俺とお前へのな……」
ジョゼフたちを驚愕させた由衣とシャルル公子の仮装とは、こうだ。
由衣のドレスは、ひだがたっぷり取ってあるブルーの上品な装い。
白い絹の手袋を肘の上まで、はめている。
そして彼女の頭上には、ダイアモンドがちりばめられた銀のティアラが燦然と輝く。
これに対してシャルル公子は、黒のモーニングに白い手袋という極めてシンプルな装いだった。
だがそのシンプルさが余計にシャルルの次期大公としての威厳を醸し出していた。
「ふうん……殿下もやる気満々だね。これってまるで、由衣と殿下の結婚式のデモンストレーションみたいじゃないか?」
「殿下はそのつもりだろうな。だが、そうはさせん」
「だよね!じゃあ、僕らもハロウィンパーティを大いに楽しんじゃおうよ!!」
「そうだな……」
イタズラ者のウサギと不敵な海賊は、顔を見合わせニヤリと笑う。
そして、ちょうどそばを通りかかったウェイターから鬼武はシャンパン、ジョゼフはオレンジジュースのグラスを受けとる。
招待客の拍手と歓声を一身に浴びる由衣とシャルル公子に、2人はゆったりと近づいていった。
この先は、恋の修羅場が待っている。
ただ、その修羅場はあまりにも凄絶なので、この続きはいずれまたの機会に
――――。
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