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第一章:王の寝室
紀元前六世紀のメソポタミア。
ユーフラテス河のほとり、新バビロニア帝国。
深夜の王都バビロンの天空では、月と星が煌々と輝いている。
王ネブカドネザル二世の寝室は、第四宮殿の南にあった。
静かな夜は長い。
王の寝室は広く、外の扉の前には警備の者が待機していた。寝室に置かれた油を入れたいくつものランプが、大きめの寝台や机や大壺、調度品などをほのかに照らしている。
王である俺は寝台に座っていた。薄物の服の上に、身体をしめつけないゆるいガウンを着ている。
寝台のすぐ近くにはダニエルが立っていた。
彼は十八歳になる、属国ユダ国からの人質だ。ユダ国の貴族の出身で、今はバビロンの高官候補だった。
彼はパピルスの巻物を両腕に数本抱えている。フワフワの茶の髪に、整った顔だちだ。書記生かと思うような質素な服と皮のサンダルを履いている。
俺に急に呼び出されて慌てて来たのだろう。きょとんとした顔つきで、主君の俺を見つめていた。
まあ、深夜に王の寝室に呼ばれるなど、今までなかったことだ。意味がわからないのだろう。
もう少し聡い者なら、色事方面を何か察しそうなものだけれども。
ダニエルの緊張感のない様子と、態度ににじみ出る色気のなさから、彼がそういった方面にはてんでうといのは感じていた。
自分が男色の対象になるということを、考えもしていなさそうだ。今までユダ国の貴族の子だったし、手を出す男もいなかったのだろう。
俺は小さくため息をついた。
ダニエルは無防備すぎる。
こんな様子で、変な男につけ狙われたらどうするんだ?
ただでさえ、ダニエルは王の気に入りの美少年だと王宮で噂になっているのに。
俺はついため息まじりに、言葉にも不機嫌がにじんだ。
「ダニエル、お前はもう少し警戒心を持ったらどうだ? こんな夜ふけに、呼ばれたからといって、人の寝室にのこのこ入って来るな」
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